1日、中国のネット上に、高野山で感じた日中の仏教の違いについてつづった文章が掲載された。

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2017年2月1日、中国のネット上に、高野山で感じた日中の仏教の違いについてつづった文章が掲載された。

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雪が降った後の高野山はとても美しく世俗を忘れさせる。特に冬は旅行者もさらに少なくなり、清らかな真の仏の国のようだ。高野山に来る前、私は自分の経験から高野山のイメージを描くようにした結果、中国の五台山のようなところだと思っていた。ところが、実際に来てみると自分の描いていたイメージに笑ってしまった。五台山は仏教で世俗の歓心を買うところだが、ここは仏の国が持つ清浄さと安らかさがある。道のあちこちで僧が往来し、浮世で生きつつも威厳があるのだ!この僧たちはすれ違う時も遠くから見た時も、静水のように清らかで落ち着いていた。

この日の午後の目標は、一の橋を起点にして表参道から高野山の開山祖師である弘法大師御廟に通じる奥之院まで行くことだ。わずか2キロの道のりなのに、私たちは日暮れになっても歩き続けることになるとは思いもしなかった。この道は、これまでにないほど興味深くも想像できない、そして触れることのなかった世界を開くものだからであり、この世界が真の意味で目の前に現れた時に、生命に対するより深い悟りを得ることができるのだ。

資料によれば、古い木が並ぶこの道の両側には、墓石、祈祷碑、慰霊石が20万基以上置かれており、これらの石碑にはよく知る古代の日本人の名前が刻まれているという。武田信玄、俳諧師の芭蕉などで、さらに多くの知らない名前もある。ひっそりとこの世に生を受け、そしてひっそりとこの世を去っていった人たちの名前が石碑に刻まれており、これがこの世界に残した最後の印なのだ。

石碑に刻まれた芸術的な文字から、時代が変化しつつも千数百年も変わらない、日本人のこの古道に対する特別な感情を見ることができる。それは、日本人はみんな命が終わる時にこの道の両側のどこかに落ち着くことが完璧な人生だと考えているかもしれないということだ。死は私たちの文化では一種のタブーになっており、人々は不吉な話題を避け、生を喜びとして死を悪とすることが代々受け継がれている。しかし、見なければ存在することになるのだろうか?。死を逃避したら私たちの愛する人がこの世を去ることはないのだろうか?。逃避できないのであれば平然と向き合った方がいい。

参道に行ってきた人たちからは、この道は陰気臭いとよく聞く。でも私はそんな感じは少しもしなかった。生と死はもともと表裏一体であり、その間に深い谷など存在しないのだ。だから死と向き合うことを恐れる必要などあるだろうか?この道は、この世とあの世の境目だが、一刀両断に分けるものではなく、2種類の命の形が一つに溶けて集まる所なのだ。この道はこの世とあの世の家族が集まる所であり、それは川であって壁ではない。本当の意味で一緒になるとは、毎日寄り添い合うことや手を取り相手を見つめることとは限らず、相手がどこにいるかを知っており、相手も自分のことを気にかけていることを知っているだけで十分ではないだろうか?

石碑に刻まれた名前は、家族の心にも刻まれ永遠に忘れられることはない。あの長く続く灯はあの世の家族へ送る灯だとも理解できるが、でも私はあの灯はこの世とあの世の双方が互いに気にかけている気持ちなのだと信じたい。石碑の数だけ記憶があり、灯の数だけ思いがある。思いさえすれば存在するのであり、死も家族を隔てるものとはなれないのだ。(翻訳・編集/山中)