昨年7月に韓国に亡命したテ・ヨンホ元駐英北朝鮮公使が、3日に行われたロイター通信とのインタビューで、金正恩党委員長の兄・金正哲(キム・ジョンチョル)氏が2年前、エリック・クラプトンの公演を見にロンドンを訪れたときのエピソードを披露している。

「日本に潜入」

テ氏は正哲氏について、礼儀ただしく自由な、普通の青年で、興味の対象は音楽だけであり、政治の話はまったくしなかったと語っている。正哲氏に対し好印象を抱いたことを思わせる語り口だが、テ氏はそのとき、北朝鮮人としては自由を知り過ぎてしまった息子たちのことで頭を悩ませていたであろう時期だ。

もしかしたら正哲氏との交流は、テ氏の人生の選択に何らかの影響を与えたのかもしれない。

インタビュー記事によると、北朝鮮本国は正哲氏のロンドン訪問について、暗号めいた方法で知らせてきたという。ある日、朝鮮労働党中央委員会からの国際電話を受けたテ氏は、「きわめて重要なEメールを送る」と伝えられた。

西側情報機関の傍受をかわすため1回限りしか使われないEメール・アドレスに届いたメッセージには、「アルバートホールへ行き、チケットを4枚買ってください」とだけ書かれていた。事前に定められた暗号文ではなく、テ氏は自分でその意味を探らなければならなかったが、答えは簡単に見つかった。インターネットでアルバートホールの公演スケジュールを検索したところ、「エリック・クラプトン70歳記念ツアー」の文字があったのだ。

クラプトンの公演を見にロンドンを訪れることのできる人間は、北朝鮮には正哲氏しかいない。

ちなみに正哲氏に同行していた美女――モランボン楽団のギタリスト、カン・ピョンヒさんと思われる――は音楽仲間で、恋人ではなかったという。また、楽器店でのショッピング中に即興で披露したギターの腕は、店員や通りすがりの人々が驚くほどのレベルだったという。

それにしても、皮肉なものである。正恩氏が北朝鮮においてどのような人物であるかは語るまでもないが、彼らの妹である金与正(キム・ヨジョン)氏も党中央委員会・宣伝扇動部副部長の要職にある。宣伝扇動部は国民の思想統制を担当し、外国文化の影響を排除する使命を担っている。

韓流ドラマなどの取り締まりを現場で実行するのは秘密警察だが、その上位に、正哲氏の妹がいると言うこともできるのだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

しかし果たして、正恩氏を含め彼ら兄妹は本気でそのような仕事が重要であると思っているのだろうか。バカバカしいと感じたことはないのだろうか。

彼らは幼いころ、大阪出身の母親に連れられ、ディズニーランドで遊ぶため日本に極秘入国していたとの説もある。

もしかしたら深層心理のレベルでは、彼ら兄妹こそ、いちばん北朝鮮から逃げ出したがっているのかもしれない。