自殺幇助による死の前日のサンドラ(撮影/宮下洋一)

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 安楽死は、「積極的安楽死」と「消極的安楽死」のふたつに分類される。前者は「医師が薬物を投与し、患者を死に至らす行為」。後者は「医師が治療を開始しない、または治療を終了させ、最終的に死に至らす行為」と定義される。

 そして、「安楽死」とは別に「自殺幇助(ほうじょ)」という方法による死に方もある。こちらも、安楽死同様、「積極的自殺幇助」と「消極的自殺幇助」のふたつに分けて考えられる。

 前者は、「医師が薬物を投与するのではなく、患者自身が投与して自殺する行為」。後者は「回復の見込みのない患者に対し、延命措置を打ち切ること」で、一般的に日本語で表現される「尊厳死」がこれに当たる。

 これらが合法なスイスで安楽死や自殺幇助が認められるためには【1】耐えがたい苦痛を伴っていること、【2】回復の見込みがないこと、【3】本人の明確な意思があること、の3つが最低限必要となる。世界の安楽死事情を取材するジャーナリストの宮下洋一氏が、スイスで見た安楽死までの20秒間をレポートする。

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 イギリス在住の元ハーバード大学の研究者、サンドラ(享年68、写真)が、私の目の前で致死薬を体内に流し込み、自殺幇助による死を遂げたのは、昨年4月のことだった。彼女は、多発性硬化症と三叉神経痛を患っていた。

 サンドラがスイスで死を迎える前日の夕方、私は彼女のホテルの部屋で会話を交わした。痛みが走る顔面を押さえながらも、時々、笑みをこぼして話す場面が忘れられない。

「私の人生は今後、改善される見込みはないでしょう。ただ、坂を滑り落ちていくだけですもの」

 彼女は夫をイギリスに残したまま、スイスに渡った。自宅玄関前での別れは辛かったが、何よりも彼女を悲しませるのは、自殺幇助を終えた後に起こり得ることだった。

「彼が1人でイギリスに帰る姿を想像したくなかったの」

 翌朝、とある住宅の一室で、自殺幇助が始まった。私は、なぜか「グッドモーニング」と彼女に口ずさんだ。それが正しい表現かは分からないが、場の雰囲気が、私をそうさせた。

 サンドラと連絡を取り合ってきたスイスの自殺幇助団体「ライフサークル」代表のエリカ・プライシック女医が、複数の質問を始める。

「誰かに強制されてきたのではありませんね」、「なぜ、今、死のうと思うのですか」、「病気の療法説明は受けていましたか」など、最終診断を行なった。ここで、女医に疑念が生じれば、自殺幇助は中止されることもある。

 ベッドの前に置かれたカメラが回り、横には毒薬入りの点滴が置かれた。プライシック女医から「点滴の毒を開いたら何が起こるのか」と尋ねられると、サンドラは躊躇わずに答えた。

「Yes, I will die(はい、私は死ぬのです)」

 サンドラは落ち着いた様子で苦笑いを浮かべ、夫の写真1枚1枚に口付けた。そして点滴のストッパーを開くと、20秒足らずで息を引き取った。

 自殺幇助は、警察への届け出が必要になる。現場には、3人の警察官と検察官が訪れ、殺人罪も考慮に入れた捜査が行なわれる。もちろん、私も容疑の対象となった。プライシック女医は、私に言った。

「早く、このバカげた警察の捜査を止めてくれないかしら。警察だって、殺人事件じゃないって分かっているのよ」

 その捜査の間、私は審問を受けながら、サンドラを眺めていた。まるで昼寝から目を覚ますのではないかという錯覚が、私にはあった。

※週刊ポスト2017年2月17日号