2014年4月9日、会見を行う小保方晴子氏(撮影=吉田尚弘)

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 理化学研究所元研究員の小保方晴子氏の申し立てを受け、BPO(放送倫理・番組向上機構)・放送人権委員会は2015年8月より、テレビ番組『NHKスペシャル 調査報告STAP細胞 不正の深層』(14年7月27日放送/以下、同番組)を審理している。同番組について小保方氏は「人権侵害・プライバシー侵害」と主張しており、同氏の代理人弁護士は、「人権感覚の鈍麻には驚く限りだ」としているが、17年1月17日の第243回同委員会の議事概要において、次のような発表がなされた。

「今回の委員会では、前回委員会での議論を踏まえた『委員会決定』最終案が提出され、一部の字句を修正のうえ了承された。その結果、2月に『委員会決定』の通知・公表を行う運びとなった」(BPO議事概要より)

 1年半の年月をかけて、ようやく2月に結論が出ることになる。BPOの審議としては異例の長さとなったが、そもそも同番組のどこが問題なのだろうか。これまでに明らかになった事実をベースに、あらためて問題点を整理したい。

(1)ES細胞混入疑惑

 同番組の目的の一つは、小保方氏によるES細胞混入疑惑の検証であることがうかがえる。同番組は、ES細胞が入った容器が小保方氏の実験室の冷蔵庫に残っていたことについて、不可解だとする指摘が出ているとして、小保方氏がES細胞を不正なかたちで入手していた可能性を示唆している。

 しかし、15年5月14日に理研元研究者が、小保方氏がES細胞を盗んだとして兵庫県警に告発していたが、16年5月18日に神戸地方検察庁は嫌疑不十分で不起訴とし、「事件の発生自体が疑わしい」というコメントも発表している。

(2)否定された解析結果

 番組では、論文執筆者の一人である若山照彦・山梨大学教授が登場する。若山氏はSTAP実験では小保方氏の上司であり、STAP問題における責任者の一人だが、NHKの検証に協力者として参加している。そして、若山氏の3カ月に及ぶSTAP細胞検証実験の様子を追うなかで、小保方氏は若山氏から渡されたマウスを使用していなかった証拠が見つかったと報じている。これにより、小保方氏がES細胞を混入させた細胞をSTAP細胞として若山氏に渡した可能性があることを示唆している。

 STAP幹細胞は、若山氏が提供したマウスを基に小保方氏が作製したSTAP細胞を、若山氏が改変したものだが、若山氏は14年6月、STAP細胞は若山研究室が提供したマウスに由来するものではないとの解説結果を発表していた。しかし、理研・多細胞システム形成研究センター(CDB)は同番組の放送に先立つ同年7月22日、この解析結果は誤りであり、STAP細胞は若山氏から提供されたマウスからつくられてはいなかったという主張を否定した。若山氏も同日、研究室のHP上で訂正文書を掲載した。

 こうした事実経緯があるにもかかわらず、同番組によって、小保方氏が外部からマウスを持ち込んだという認識が世間に広まった。

(3)小保方氏の研究室

 同番組では研究室をCGで再現し、小保方氏が壁で仕切られた小部屋で誰にも見られず一人で実験していたと紹介された。それが、小保方氏によるES細胞混入疑惑への伏線となっている。しかし、筆者の取材によれば、小保方氏のデスクや実験をしていた場所も、壁が隔てることなく丸見えの場所であったことがわかっている。

(4)小保方氏と若山氏の関係

 STAP細胞研究時、小保方氏は若山氏の研究室の客員研究員であった。つまり、若山氏は小保方氏の上司にあたり、研究室の主催者(PI)である。番組では小保方氏と若山氏は研究パートナーとして紹介され、まるで対等の立場であったかのように表現されている。ちなみに研究室のPIは、マウスや細胞の管理責任があるだけでなく、その購入権限を持ち、PIの決済なしに外部からマウスや細胞を持ち込むことは不可能である。それだけPIには大きな権限があり、若山氏と、その下で働いていた客員研究員の小保方氏は対等な立場とはいいがたい。

(5)緑に光るマウス

 同番組では「小保方氏は万能性を示す遺伝子が発現すると緑に光るマウスを使用して実験を行っていた」と紹介されている。しかし、実際には小保方氏は「常に全身が緑に光っているマウス」で実験を行っていたため、この実験でできる細胞塊はすべて緑に光っていた。

(6)実験ノートの公開

 同番組では、小保方氏の実験ノートの一部が公開されていた。番組では「(ノートにキメラマウスの)実験成功の記述はどこにあるのか。小保方氏に文書で質問したが答えは返ってこなかった」と解説されているが、キメラマウス実験の管理責任者は若山氏であり、若山氏の実験ノートも公開するのが公平であろう。

(7)私信の公開

 同番組では、笹井芳樹・元CDB副センター長と小保方氏が交わした私的なメールを公開し、さらに声優によるアフレコまで付けて会話を再現する映像を放送し、まるで2人が親密な関係であったかのような印象を与えている。NHKはBPOに対し「客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」(BPO議事概要より)と主張しているが、私信の公開は憲法21条(通信の秘密)に反する。

 同番組放送後、小保方氏への批判が強まり、そして放送から9日後の14年8月5日、笹井は自殺した。当サイトはNHKに取材を申し入れたが、「BPOの決定が出た後にコメントを出すことになると思うので、それまでは取材はお断りさせてください」とのことであった。

 2月のBPOによる委員会決定の公表が注目される。
(文=大宅健一郎/ジャーナリスト)