北海道警察本部庁舎(「Wikipedia」より)

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 再審請求が認められていたロシア人元船員の裁判で、検察は有罪を主張しない方針であることが、1月25日に報じられた。これにより、公判で元船員に無罪が言いわたされる見通しとなった。

 船員として日本に入国したアンドレイ・ナバショーラフさんは、1997年に北海道小樽市で発生した銃刀法違反事件で懲役2年の実刑判決を受けて服役したが、2013年に「北海道警察の違法なおとり捜査で不当に逮捕され、心身ともに多大な被害を受けた」と再審を請求していた。

「ラクダが針の穴を通るより難しい」といわれる再審のハードルをアンドレイさんが越えられたのは、「当事者」の証言があったからだ。

●違法なおとり捜査で不当逮捕、道警は大喜び

 当時の道警警部だった稲葉圭昭氏が、「アンドレイさんの逮捕は、警察庁の意向を受けた上司の指示によるもの」と明かしたのである。銃器犯罪とは無縁のアンドレイさんに、稲葉氏らが「拳銃と中古車の交換」を持ちかけ、アンドレイさんが父親の遺品の拳銃を持ってきたところを逮捕したのだという。

「あの頃は、警察庁の号令で、とにかく拳銃を摘発しなくてはなりませんでした。最初はエス(スパイ)として使っていた暴力団員に用意させた拳銃をコインロッカーに入れ、警察署に『○○のロッカーに銃がある』とヤラセの電話をかける『首なし』(持ち主不明の意)の手法を取りました」(稲葉氏)

 その結果、道警は拳銃摘発の件数が伸び、稲葉氏はエースとして評価される。

「でも、その後は警察庁と上司がさらなる実績を求めるようになりました。『首なしではなく、身柄を拘束しろ』というのです。そこで、エスたちに『小樽港のロシア人に中古車と拳銃の交換を持ちかけろ』と指示することにしました。小樽港にはロシア人の船員が多く、日本の中古車は人気があるので、アンドレイさんが引っかかったというわけです。

 最初は『銃なんかない』と言っていたアンドレイさんも、実家からなんとか探してきたようです。そうしてアンドレイさんが逮捕され、道警の上司たちは大喜びでした。港という水際で食い止めたことで、お手柄として評価されました」(同)

●札幌地裁、道警の犯罪に「国民の生命脅かした」

 のちに覚せい剤使用などで逮捕された稲葉氏は、03年に自身の公判で、この違法なおとり捜査を告発している。

「このとき、アンドレイさんの件を含めて、拳銃押収の違法な捜査について供述し、当時の上司を名指ししました。『アンドレイさんを有罪にするために、自分も嘘の証言をした』と話したのです。偽証罪に問われて刑が増える恐れもあったのですが、面会に来た妻に相談したら、『家は大丈夫だから、自分の信じていることを話して』と背中を押してくれました。

 偽証について送検はされましたが、不起訴でした。事件当時は道警の人間ですから、道警は偽証させたことを認めたくなかったのでしょう。道警はすべて自殺した上司のせいにしていましたが、組織ぐるみの犯罪だったのです」(同)

 出所後、稲葉氏はアンドレイさんの再審請求への協力を決意、同氏の証言を受けて、札幌地方裁判所は「道警の捜査は、犯罪捜査の名に値しない」「違法な捜査によって得られた証拠に証拠能力はない」などと断じて注目された。

 稲葉氏は、「裁判所が『犯罪を抑止すべき国家が、自ら新たな銃器犯罪をつくり出して、国民の生命、身体の安全を脅かした』とまで言っていて、驚きました。裁判所なんて、警察と検察の言い分を聞くものだとばかり思っていましたから」と振り返る。

●拳銃摘発競争で暴力団と取引する警察官も

 1980年代のバブル期から暴力団の抗争による発砲事件が相次ぐ一方で、92年には自民党副総裁(当時)の金丸信氏、95年には警察庁長官(当時)の國松孝次氏が銃撃されたことから、当時の警察は銃の摘発に躍起になっていた。

「でも、そんなに簡単に銃の摘発なんかできません。道警以外にも、無理をして問題を起こす県警は多かったですね。銃刀法に『自首減免規定』ができたのも、この頃です。『銃を持ってくれば罪を軽くしてやる』というもので、暴力団員と取引をする警察官も少なくありませんでした。

『首なし』や自首減免に対して、最初は抵抗があったのですが、繰り返していくうちに慣れてしまいました。なんでもアリにしていた自分が恥ずかしいのですが、当時の銃器対策課に籍を置いたことがある警察官であれば、みな同じだったと思います。当時の拳銃捜査は『手段は問わない。とにかく1丁でも多くの拳銃を出せ!』という世界でしたから。また、予算も潤沢でした。押収すれば予算がつけられ、それが裏金にも回る仕組みです。裏金については、また別の機会にお話しします」

 稲葉氏には、人の一生を左右してしまったという後悔が、今もある。

「あのときの俺たちはなんだったのだろう、と思います。汚いこともしましたが、それらはすべて組織のためでした。ひたすらがんばったのに『やりすぎ』といわれて左遷されたことで、私は道を踏み外していったんです。せめて、自分の罪は認めて謝罪したいです」(同)

 昨年公開された映画『日本で一番悪い奴ら』(東映、日活)は、稲葉氏の著書『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(講談社)が原作で、「落ちたエース」の悲しみが描かれていた。

「服役、手記の出版、映画化と、少しずつ区切りをつけることで、私の気持ちも整理がついてきている気がします。元同僚たちは『余計なことをしやがって』という気持ちでしょうね(笑)。でも、アンドレイさんの無罪で、またひとつ『区切り』ができると思います。再審公判では、検察と警察が幕引きを急ぐでしょうが、組織の問題として、きちんと追及してほしいです」

 事件の解明が、警察の浄化への第一歩となるだろう。稲葉氏の指摘通り、道警が抱える問題はほかにもあるようだ。取材を続けたい。
(文=浜野ノリユキ/ジャーナリスト)