「ソーセージの父」が遺した本当の手作りの味を復刻

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 東京駅から電車に揺られること一時間半弱、千葉県山武郡横芝光町を訪れた。北は成田空港、南は九十九里浜という横芝光町は都心に近い田舎だ。横芝駅を降りると、冬の空が広がっている。横芝光町は九十九里平野に位置し、あたりに高い建物もないからだ

 どのような食べ物にも歴史があり、人の物語がある。ここ横芝光町は日本のハム・ソーセージの父と呼ばれる大木市蔵の生誕地だ。

 大木は明治28年、千葉県匝瑳郡東陽村(現・横芝光町)に生まれた。横浜で職人としての修行をはじめ、ドイツ人ソーセージ職人マーテン・ヘルツからソーセージの製法を習う。大正6年、第1回神奈川県畜産共進会に日本ではじめてソーセージを出品し、その3年後に独立。横浜や銀座でハム・ソーセージ店を営みながら、東京帝国大学や東京農業大学で講師を務める他、全国の農村を訪ね、ソーセージの技術を伝えた。

 戦後は地元、千葉にも大木ハム千葉工場を設立した。事業としての利益よりも人材の育成に重点を置き、さながら食肉学校のような会社だった、という証言もある。しかし、現在では工場もなくなり、町内でも大木を知る人が少なくなりつつあった。

「郷土の偉人が埋もれてしまうのでは?」

 そんな危機感を持った横芝光町商工会青年部のメンバーは『大木式ハム・ソーセージ』を復刻した。100年の歴史の味がするソーセージはどのように復活したのか。製造を担当している「フードショップいちはら」で、メンバーから開発の経緯を伺った。

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