東京大学医学部附属病院(「Wikipedia」より)

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 東京大学医学部附属病院が1月31日、医療ミスを公表した。

 東大病院のHP上に公表された情報によれば、2015年、別の患者用に準備した13種類の内服薬を、看護師が取り違えて入院中の男児に投与し、翌日に男児が亡くなったという。

 その原因は、投与の際に看護師が他の患者の処置や電話対応が重なったため、男児用の薬を作業台に置き、近くに置いてあった別の患者の薬と取り違えたためだという。薬には名前が書かれておらず、投与時に男児の名前の確認を怠ったというが、東大病院総務課は当サイトの取材に対し、「公表している情報以上のことはお答えできません」としている。

 では、事故を起こした東大病院や担当看護師などが、法的な罪に問われることはあるのであろうか。また、もし遺族が病院側に損害賠償を求める訴訟を起こした場合、どのような展開・結果が想定されるのであろうか。弁護士法人ALG&Associates弁護士の金崎浩之氏(医学博士)と金崎美代子氏に解説してもらった。

●死亡との因果関係

 報道によれば、東大病院における入院患者である10歳未満の男児に、看護師が別の患者の薬剤を誤って投与して、翌日男児は死亡したとのことです。

 医療ミスには、誤診や手技ミスなどといった純粋な医療ミスと、患者の取り違えや薬剤の添付文書の読み間違いなどといった業務フロー上のミスがありますが、本件は別の患者さんの薬剤を間違えて死亡した男児に投薬したということなので、後者に該当すると考えられます。

 前者のような医療ミスは、その診療行為が行われた当時の医療水準や医学的知見に左右される事柄なので、医療関係者の過失を論ずる際に高度な医学論争に発展することが珍しくありません。これに対して、後者の場合は、医学的知見と関連しない単純な人為的ミスですから、医学論争を経るまでもなく医療関係者の過失が認められる可能性は高くなります。

 当弁護士法人でも、近年、熊本県内で発生した患者取り違え事件を担当したことがありますが、医療機関側は過失についてまったく争わず、損害額をめぐって協議を重ね、和解で終結しました。そのような意味では、本件も単純な人為的ミスで生じた医療事故なので、東大病院側の「過失」は認められる可能性が高いと考えられます。

 ただし、この事件の場合は、「死亡との因果関係」について難易度の高い医学論争に発展する可能性があります。特に、患者がなんらかの重大疾患に罹患していた場合には、その疾患が原因で死亡した可能性も十分あります。そのような場合、医療機関側としては、当該疾患が原因となって患者は死亡したのであって、薬剤の誤投薬が原因ではないという反論をすることが考えられます。この事件についてみると、死亡した男児は、多臓器障害を患っており感染症も発症していたようです。多臓器障害だけでは疾患の詳細はわかりませんが、多臓器障害から多臓器不全に陥れば、それだけで十分死亡原因たり得る重篤な病態です。

 しかも、そこに感染症も合併していれば、多臓器不全に陥る可能性は十分にあると思われます。実際に、東大病院は、誤投薬と男児の死亡との関係について、なんらかの影響はあると考えられるとしても、どの程度の影響を及ぼしたかにつき医学的判断は困難というコメントを出していると報道されており、因果関係を争ってくる姿勢が読み取れます。仮に、この医療機関側の見解が裁判所に採用されれば、仮に過失はあるとしても死亡との因果関係がないという判断になり、医療機関側の責任は否定される可能性があります。

●医学論争の構図

 これに対して、患者側にできることは、誤って投与された薬剤によって男児が死亡したことを医学的に説明することです。少し考えてみるとわかるとおり、薬剤の誤投与で当然に患者が死亡するわけではありません。例えば、がん患者に対して、抗がん剤ではなく、間違えて風邪薬を投与したからといって、ただちに患者が死亡するとは考えられません。

 誤投与で患者が死亡したという以上、少なくともその患者の疾患や病状等との関係で禁忌とされる薬剤を誤って投与した場合でなければならないはずです。そうすると、患者側と医療機関側の論争は、「薬剤の誤投与による死亡vs.多臓器障害・感染症による死亡」という医学論争になると思われます。

 本件では、そもそも男児が重篤な疾患に罹患していて、それが死亡原因となった可能性があると判断され、医療機関側の責任が否定される余地はある事件だといえそうです。
(文=編集部、協力=金崎浩之(医学博士)、金崎美代子/弁護士法人ALG&Associates弁護士)