FIFAに堂安律が登場!生い立ちやU-20W杯を語る

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6日、国際サッカー連盟公式サイト(FIFA.com)は、U-20日本代表MF堂安律のインタビューを掲載した。

昨年行われたAFC U-19選手権で優勝し、今年5月に韓国で開催されるU-20ワールドカップへの出場権を獲得した日本。そこで大会MVPに輝いたのが堂安律だった。

彼は開幕まで3ヶ月あまりとなった世界大会に向けてインタビューに応え、自分のキャリアのスタートから昨年のアジア制覇、さらに将来の目標などについて語った。

1999年、堂安律が生まれた1年後のこと。才能ある日本代表はワールドユースを席巻し、歴史上最高の結果で驚きを与えた。

その黄金世代を牽引したのは小野伸二だった。AFC U-19選手権のMVPに選ばれ、ナイジェリアでの大会でも日本の快進撃を支えた。

堂安律はアジアの予選大会において、日本人として二度目のMVPを獲得した。そして今、この野心的なヤングスターは、フェイエノールトでスターになった男の後を継ごうとしている。

堂安律

「小野伸二さんは偉大な選手で、もちろん僕も彼のようないいサッカー選手になりたいです。

1999年にワールドユースを戦った選手たちは、我々のヒーローです。彼らは日本のサッカーを新しいレベルに引き上げてくれました。

もし彼らの大きな足跡を辿ることができて、韓国でいいパフォーマンスを見せられれば、我々にとって重要なものになるでしょう」

サッカーを愛する家族のもとで生まれた堂安律。彼は二人の兄弟と共にサッカーを始めた。しかし、彼はコーチからディエゴ・マラドーナのDVDを貰うまで、選手としてのキャリアを追求しようとは思っていなかったという。

堂安律

「あのDVDを見た時、僕は取り憑かれてしまいましたし、興奮しました。彼のような偉大なスターと一緒にプレーしたいという夢に魅了され、それに抵抗することは出来ませんでした。

プロサッカー選手になることでしかそれは達成できないということに、僕は気付いていました」

夢に燃えた堂安律は、すぐに日本で有数の期待株になった。そして、2014年にはAFC U-16選手権のメンバーに選ばれた。

この大会で彼はチームで指折りのスターとなった。最終的にU-17ワールドカップの出場権を手に入れられなかったとしても。

その失望にもかかわらず、この大会は堂安律のキャリアを加速させた。昨年彼はアジアのステージに戻ってきた。より強くなって、2年前の失望から立ち直るための準備を十分に整えて。

堂安律

「チャンピオンになることができて、僕はとても幸せでした。アジアの大会を戦う時は、ファンから高い期待を受けるということだと分かっていました。

決勝に進出した時、僕達はお互いに話しました。『これまで誰も成し遂げていないものを達成しよう』と。

そして、それをやり遂げました。今、僕たちはアジアのチャンピオンですし、より大きな自信を持ってプレーできます。

個人的には、MVPに選出されたことを誇りに感じています。しかし、自分のパフォーマンスには満足していません。

やりたいようにはプレーできませんでした。チームがタイトルを取ってくれたので、自分がこの賞を貰えました。

自分がこれに値するとは思いませんが、もちろんチームに貢献できたことには満足しています」

日本のユース代表で見せている素晴らしいプレーの他、堂安はクラブレベルでも同じように印象的な進歩を遂げ、ガンバ大阪のファーストチームで記録を更新した。

そして、1999年のワールドユースでプレーした遠藤保仁が、堂安がJリーグでプレーする上での誘導灯になるという。

堂安律

「彼は僕のお手本です。そして、本当に影響を受けています。キャンプではしばしば同じ部屋でいつもサッカーの話をしています。

(1998年のワールドカップで日本が初出場したのが6月16日。その2日前に生まれたね?)

運命を感じますね。これからも経験を積んで、日本のサッカーを更に高いレベルに引き上げられる特別な選手になるために全力を尽くします」