<アメリカのクルド勢力まかせの介入が、シリア情勢をさらなる混乱に陥れた。ロシアとトルコが鍵を握る和平の今後を、中東専門家の内藤正典氏が考察する。その前編>(写真:アレッポの街はアサド政府軍とロシア軍の空爆で破壊し尽くされた)

アメリカは主役ではない和平会議

先月23日、カザフスタンの首都アスタナで、シリア戦争の和平会議が開催された。会議を主導したのは、昨年末に包括的な停戦合意を実現したロシアとトルコである。ロシアはシリアのアサド政権側、トルコは自由シリア軍といくつかのジハード組織から成る反政府勢力側の代理人となっているが、実際には、当事者ではなく、この二国が和平の鍵をにぎっている。

ここでまず、アメリカが和平の主役として登場していないことに注目する必要がある。シリア戦争が内戦と呼ばれていたころから、アメリカとロシアの代理戦争がシリアで展開されているという見方があった。だが、アメリカは2011年に始まる紛争から内戦、そして事実上の戦争に発展していく中で一度も積極的な軍事介入をしていない。アメリカが介入の主役となったのは、2014年に「イスラム国」がシリア東部から北部を支配していったことに対して、これをアメリカのみならず世界の脅威として有志連合軍を率いて戦闘を行った局面に限られる。そもそも、アメリカはシリアを巡って代理戦争などするつもりはなかった。

その根拠の一つは、イスラエルがシリアをどう見ていたかにある。イスラエルは現在のバッシャール・アサド政権より前の父ハーフィズ・アサドの代から、アサド政権の存続を望んでいる。口を開けばイスラエル打倒、シオニズム反対を叫んできたシリアだが、決してイスラエルを攻撃することはなかった。1973年、最後の第四次中東戦争でアラブ側(シリアも含まれる)とイスラエルが直接交戦して以来、アラブの連帯、アラブのナショナリズムなどというものは影を潜めていく。エジプトはパレスチナ問題でパレスチナを裏切ってイスラエルと単独和平を結んだ。そのころソ連の軍事援助を受けていたシリアは、口先でイスラエルを非難するものの、イスラエルと戦火を交えれば即座に国を破壊されることを熟知していた。背後にいるソ連も、もちろんイスラエルとの交戦には否定的だった。こうしてシリアはイスラエルからは最も信頼できる「敵国」となったのである。

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今回のシリア戦争で、アサド政権に対抗する反政府組織にアメリカは武器供与の形で貢献したものの、戦闘の前面に出ることを避け続けた。イスラエルにとっては、反政府側の無数のスンナ派ジハード組織が力を付けていくことなど悪夢以外の何物でもなかった。アサド政権側もシーア派のイスラム組織であるヒズブッラーの支援を受けている。イスラエルにとってヒズブッラーは共存を拒否する敵であるから、アサド政権側にヒズブッラーの陰がちらついていくと即座に攻撃している。イスラエルにとって、スンナ派であれシーア派であれイスラム主義を前面に掲げている組織が隣国シリアに台頭することを決して認めない。アサド政権は世俗的な政権であるがゆえに、イスラエルにとって好ましいのである。

したがって、アメリカがイスラエルの期待に反して反政府側のジハード組織を支援し、アサド政権打倒に動くことなどあり得なかった。アメリカが武力行使に出る気配を見せたのは2013年の8月、アサド政権軍による化学兵器の使用で反政府側に1300人近い犠牲者を出したときだった。人道主義を重視したオバマ政権は、アサド政権の人道の罪に対して軍事介入も辞さずという姿勢を示した。その前からアサド政権が化学兵器を保有していたことをつかんでいたアメリカは、化学兵器の使用が最後の「一線」であることを通告していた。実際、オバマ政権はあと一歩で攻撃というところまでいったが、英国議会がアサド政権攻撃への協力を否決したため実現しなかった。英国にとっては、イラク戦争の轍を踏みたくないという消極論が強かったのである。

だが、ここでロシアが動き始める。ラヴロフ外相はシリアのムアッリム外相から化学兵器全廃の約束をとりつけ、それをもってアメリカ政府を説得した。全廃というのだから、少なくとも「保有していた」ことが前提となる。その年のノーベル平和賞に化学兵器禁止機関OPCWが選ばれたことを覚えている読者も多いだろう。この国際機関がアサド政権側の化学兵器を無力化したことの功績であった。

内藤正典(同志社大学大学院教授)