4年半ぶりに"復帰"した清武。トレーニング中には笑顔も見えた。

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 4年半ぶりに、桜色のユニホームに袖を通すことになった清武弘嗣が、2月5日にセレッソ大阪のキャンプ地・宮崎で、入団記者会見を開いた。移籍の経緯やセビージャでの苦悩、そして新天地にかける想いを語った。 「すごい幸せですし、光栄に思います」と、C大阪復帰を喜んだ清武は、移籍の理由を以下のように説明する。 「去年の11月くらいから、セビージャの試合にはなかなか絡めなくなりまして、いろいろと考えていく中で、今、自分が動けるタイミングで日本に帰るのがいいのではないかと思い始めました。他のヨーロッパのチームからのオファーもありましたけど、自分がサッカー選手としていい時期に日本でやるのもいいのかなと。日本に帰ってくるなら絶対にセレッソと決めていたので、今回オファーをいただいて、決断しました」  わずか6か月に終わったセビージャでの挑戦は、清武にとって厳しいものだった。移籍後すぐに怪我をし、パフォーマンスが悪かったと自覚する2節のビジャレアル戦後に日本代表活動のためにチームを離脱。戻ってくると組織の完成度は高まっており、清武のポジションはなくなっていた。  出場機会が訪れなくなるなか、チームは調子を上げていく。「チームの調子が良かったので試合に出ることはないだろう」という気持ちが次第に強くなる一方で、「いつかはチャンスが来るはず」という想いもあったという。それでも冬の移籍市場でセビージャはさらなる補強を敢行。出場機会がさらになくなると判断し、清武はチームを離れることを決めた。  他の欧州クラブからのオファーがあるなかで、日本復帰を決めたのは「一番いい時期に、日本に帰りたいと思っていた」から。「自分で決めたことなんで、後悔はしていない。しっかりと日本で結果を残せるように頑張りたいと思います」と前向きな決断であることを強調した。

【PHOTO】セレッソ大阪 清武練習初日の表情


 2012年にドイツに渡り、海外では4年半で3つのクラブに所属した。そこで得たものは技術ではなく、気持ちの部分だという。 「技術的に伸びたとは思ってませんけど、気持ちの部分だったり、闘う姿勢は海外で身に付きました。この4年半で自分のサッカー人生というか、いろんなことに向き合えたことが、僕にとって一番良かったかなと思います」  今回の移籍には、多くの関係者が尽力してくれたことを理解しているし、ファンからの期待が大きいことも感じている。だから、プレッシャーはあるというが、むしろ大きいのは高揚感。「今はワクワクしています。チームを勝たせる選手になりたいですし、良い順位で終われるように、良いシーズンにしたいと思います」と、新シーズンへの自信を見せた。  今後は国内組として臨むことになる日本代表についても、決して不安視していない。 「直接的には話してないですけど。ハリルさんからの言葉はいただきました。Jリーグで結果を残していけば選ばれると思う。セレッソでチームのことを第一に考えながらやっていけば、きっとハリルさんは見てくれていると思うので、まずはセレッソでしっかりと結果を残せるように頑張りたい」  柿谷曜一朗、山口蛍と、C大阪には、一度は海外に挑戦しながら復帰した選手がいる。彼らに強調するのは「セレッソのために」というクラブ愛。そして清武にもまた、このクラブのためにという想いが強く存在していた。 「セレッソでタイトルを獲りたい気持ちしか今はないです。熊さん(大熊清強化部長)から『タイトルがこのクラブを大きくする』と聞いたときに、僕自身もセレッソでタイトルを獲りたいと強く思った。今はその気持ちだけでいっぱいです」  46というちょっぴり重たい番号を背負い、清武は愛するクラブのために、新たな一歩を踏み出していく。 取材・文:原山裕平(フリーライター)