写真提供:マイナビニュース

写真拡大

●万年筆のイメージを覆す
パイロットの万年筆「カクノ」がヒットしている。

同製品は、初めて万年筆に触れる子供向けに作られた万年筆。1本1000円で購入できる低価格をはじめ、カラフルなデザインや、子供が使いやすい工夫などが施され、「価格が高そう」「大人が使うもの」「ちょっと古臭い」といった万年筆のイメージを覆した。

カクノがヒットしているその理由は、どこにあるのだろうか。

○おこづかい万年筆

カクノ開発を担当した営業企画部 高筆企画グループの斉藤真美子氏は、「万年筆は『高価で大人が使うモノ』というイメージがあるが、カクノはそれを覆す製品にしたかった」と振り返る。

同社では、カクノ開発より前に、3000円の万年筆「コクーン」を発売している。初めて万年筆を持つ20代から30代の若い世代に向け、「大人への第一歩としてふさわしいデザイン」をコンセプトにしたモデルだ。当時、同社が販売する万年筆の中では、最も安価だった。

そんな背景もあり、経営層はコクーンよりもさらに手に取りやすい「1000円」の万年筆を開発してほしいと斉藤氏に命じた。社内で検討したところ、ターゲット層の重複を防ぐため、対象年齢をさらに下げることに決定。

ヨーロッパなどでは、万年筆を使う学校の授業があり、ここからヒントを得て、「親や祖父母が小学生の子供に買い与えられる万年筆」というコンセプトが出来上がった。

従来の万年筆とは考え方を根本的に変えたため、デザイン面でも従来とは違う工夫がされている。例えば、鉛筆をモチーフにした六角形のボディを採用した。また、通常は付いているはずのクリップは省いている。これは、筆記具をペンケースに入れて持ち運ぶ子供には、かえってクリップが邪魔になることが分かったからだ。さらに、机上で転がらない工夫として、キャップの縁に突起を付けた。

コスト面では、1000円で販売するため、地道な努力を積み重ねた。材料費削減のため、ペン先以外は樹脂製にした。また、部品数を6部品と少数で構成することで組み立ての手間を省いた。さらに、キャップをカラフルにする代わり、軸色は1色に統一して、コスト削減したままカラーバリエーションを増やす工夫を行った

その一方で、書き味にはこだわった。ペン先は、コクーンで使っているペン先を転用することで、価格を抑えると同時に、1000円とは思えない書き味向上につなげた。斉藤氏は、「いくら安くても書き味が悪いと万年筆全体のイメージが悪くなる。絶対にそこは譲れなかった」と語る。

パッケージも、透明の容器に入れ、ペン先を見せ、万年筆であることが分かるように工夫。対面販売が多い万年筆だが、手軽に手に取ってもらえるようなデザインにした。

○美文字ブームが追い風に

カクノの販売ターゲットは子供だったが、発売当初の購入者は万年筆の利用経験がある男性が多かった。しかしその後は、TwitterなどのSNSから知った女性ユーザーが増加。

また、発売した2014年は「美文字」がブームになった時期。手書き文字を綺麗に書きたいという需要から、「美文字」練習帳と一緒に、万年筆を購入して文字の練習に励む人も増えたことも要因。時代の需要と合ったこともヒットの理由と言えるだろう。

さらに、初心者のみならず万年筆マニアの心にもカクノはヒットした。万年筆の醍醐味といえば、お気に入りの万年筆とインクを組み合わせて文字を綴る楽しみがある。パイロットでは、日本の情景になぞられた色名が付けられた「色彩雫(いろしずく)」というインキを用意している。

カクノはコンバーターに対応しており、瓶入りインクを使用できる。それを知ったユーザーが、カクノとコンバーターを1人で何本も購入し、複数色の色彩雫を試す現象が起きた。実際、コンバーターが品切れし、色彩雫が飛ぶように売れた。ちなみに、コンバーターの価格が500円、色彩雫が1500円。1000円の万年筆を使うために、ペン本体よりも高い製品が売れたという。

また、カクノなどの低価格万年筆のヒットが、高価な万年筆の販売にも波及し売り上げを伸ばしている。人気モデルのみならず、マイナー製品の売上も好調らしい。

こうしてカクノは、万年筆業界を牽引する製品となった。

●愛着を感じる「アナログ感」
○「書く=パーソナル」と考える人が増加

リーマンショックの頃、経費削減で会社から文房具が支給されなくなったことで、逆に文房具のパーソナルユース市場が広がったと言われる。世の中の景気は悪くなったが、文房具市場は低迷しなかった。

手書きの機会が減った中で、文房具にお金を掛けるようになった理由として、斉藤氏は「今までの筆記用具は、会社から支給されていたから、書ければ良かった。だが、会社から支給されなくなり、いざ自分で購入するとなった時に、より使いやすくて、自分の好みのモノを選びたいと考える人が増えたのだと思う。筆記具を自分で選ぶ権利が発生したと考えるユーザーが増加したことだろう」と分析している。

実際、安い物はコストパフォーマンスが良いかというとそうでもない。どうせ使うなら少し良い製品を選びたい、高付加価値の製品が良いと考えるユーザーが増えたのではないか。

同じ文房具でも、他の文房具とは違う需要が存在する。筆記具の場合は、常に持ち歩く物で、手帳やノートに自分の考えを書くという動作が、かなりパーソナルな行為である。そのため、こだわりを持って選びたいと考える傾向が見られるように思う。

○まずは万年筆ユーザーを増やしたい

「私たちも、筆記具の会社にいなかったら、使う場面がほとんど無いかもしれない。ボールペンなどが台頭し、万年筆は無くても困らないカテゴリーになってしまった。だけど、明らかに他の筆記具にはない良さがある」と斉藤氏は訴える。

万年筆もバブル期には、売上不調で悩んでいた。手書きの手帳から電子手帳に人気が移り、「手間が掛かる万年筆なんて見向きもされなかった時代」(斉藤氏)だったという。現在、バブル以降に生まれた万年筆を知らない世代が増えている。

「カクノを初めとした低価格帯の万年筆を発売する1番の意味は、万年筆ユーザーを増やすこと。まずは若い世代に使ってもらい、万年筆の衰退を防ぎたい。また、使って良いと思ったユーザーが誰かにプレゼントするといった風に、万年筆の輪が広がってほしい」と斉藤氏は述べる。

カクノなら、「価格が高そうだし、選び方も良く分からない。対面販売は敷居が高いし、使いこなせるか心配」と考えるユーザーでも、1000円という気軽な価格で試せる。

○手作りやアナログ感が"熱い"時代

近年、「手作り」や「アナログ」といったキーワードが元気である。ハンドメイド製品の売買が活発化し、アナログレコードの人気も再燃している。90年代に忘れ去られていた物を再評価する動きなのではないか。そういった市場を牽引するのは、20代30代の(若い)世代だ。

ある調査結果でも、万年筆を40代50代が「ステータスがある」「字が上手く書けそう」「アナログ感がある」と懐古的なイメージで答えている中、20代は「かっこいい」「おしゃれ」とファッション感覚で評価している。モレスキンなどの高価なノートに万年筆を挿した場面を、InstagramやTwitterなどのSNSにアップするユーザーも多い。

また、ビジネスマン向けの雑誌などで、ビジネス小物のひとつとして万年筆が取り上げられる場面も多い。腕時計や革靴と同じく、自分を「どんな風に見られたいか」を、どの万年筆を選ぶかで演出できるアイテムになっている。

万年筆人気の秘密は、手間が掛かるけど愛着が湧く「アナログ感」満載なところにあるのではないだろうか。今や筆記具は、自分の考えを綴る「パーソナルな部分」で利用するからこそ、こだわりを持って選ぶ人が増えている。

万年筆人気の要因となった「アナログ」や「パーソナル」といったキーワードが、新たなヒット商品を生むヒントになるかもしれない。

(山本明日美)