「俺が”プロセス”だ」

 昨年秋、ジョエル・エンビード(フィラデルフィア・76ers/C)は、そう宣言した。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。


長いリハビリを経て今季大ブレイクした76ersのジョエル・エンビード ライオンを殺したことがあるという作り話をしたり、ツイッターで女性シンガーのリアーナをデートに誘うなど、おちゃらけキャラが定着しているエンビードだけに、どれだけの人がこの言葉を真剣に受け止めたのかはわからない。

「プロセス(過程)」は76ersの前GM、サム・ヒンキーがひんぱんに口にしていた言葉だ。負け続きの長い低迷期を我慢し、それによって得た上位ドラフト指名選手たちを育てる――。それが、ヒンキー流のチーム再建術だった。76ersのファンに辛抱強さを説くための言葉だったが、周囲からは揶揄されることも多かった。結局、ヒンキーは昨シーズン途中にGM職を解雇されている。

 エンビードが”プロセス”を名乗ったのは、ドラフト直前に故障が判明した自分を全体3位で指名してくれたヒンキー前GMへの感謝の気持ちがあったのかもしれない。プロ入りからデビューまでかかった2年という長い年月で、エンビード自身がプロセスを経験したということもあっただろう。理由は何であれ、チームの現状をすべて受け入れるこの言葉で、エンビードは名実ともに76ersのリーダーになった。

 エンビードにとって、始まりは”プロセス”どころか、誰も予想しないような急展開の”おとぎ話”だった。カメルーンでサッカーとバレーボールに夢中だった15歳の少年が、たまたまテレビでやっていたNBAファイナル、ボストン・セルティックス対ロサンゼルス・レイカーズを見て、コービー・ブライアントのプレーに惹きつけられた。

「コービーがすごくうまくて、すぐに好きになった。自分もバスケットボールをやりたいと思ったんだ」とエンビードは振り返る。

 バスケットボールを始めて間もなく、当時ミルウォーキー・バックスに所属していたカメルーン出身のNBA選手、ルク・バ・ア・ムーテ(ロサンゼルス・クリッパーズ/F)が地元で主催したバスケットボールキャンプに参加した。まだ荒削りだったが長身で優れた運動能力を持つエンビードに、バ・ア・ムーテはアメリカの高校への進学を勧めた。アドバイスに従ったエンビードは、渡米2年後には強豪カンザス大に進み、1年でNBA入り。コービーのプレーに魅了されてから4年後には、エンビード自身がNBA選手になっていたのだ。

 しかし、そこから実際にNBAのユニフォームを着るまでが長かった。ドラフト前に右足の舟状(しゅうじょう)骨を骨折して手術。76ersに入ったものの、試合に出られず練習もできないまま、1年目を傍観者として過ごした。ようやく復帰が近づいてきたと思ったら、予定どおりに回復していないことが判明し、2度目の手術。結局、丸2年、1試合も出ることができずに、チームが2年間で136回負けるのを外から見ているしかなかった。

 特に、最初の1年がつらかった。2014年10月、新しい土地での慣れないリハビリ生活をしていたエンビードのもとに、カメルーンで暮らしている13歳の弟が交通事故で命を落としたというニュースが飛び込んできたのだ。不運続きに落ち込み、バスケットボールにもハケ口が求めることもできなかったエンビードは、夜通し起きて昼間に寝る毎日を送り、自分でも「ヴァンパイアの生活をしていた」という。チームにいながら、孤独を感じていた。動けないために体重が増え、足への負担を減らすために体重管理をしようとするチームスタッフとの衝突もあった。

 リハビリ2年目は、1年目よりはスムーズに進んだ。スタッフが入れ替わり、エンビードと同じ故障を経験したジードルーナス・イルガウスカス(元クリーブランド・キャバリアーズなど/C)をエンビードのメンター(指導者・助言者)として迎え入れた。それでも、2年の年月は長かった。

 昨年10月、ようやくNBAデビューしたエンビードは、チームを取り巻いていた暗雲を一瞬で吹き飛ばした。アキーム・オラジュワン(元ヒューストン・ロケッツなど/C)のようだと評されるフットワーク、インサイドを支配できるパワー、外からも決められるシュート力、そしてコート外でもファンを魅了するキャラクター。すべてが、チームの雰囲気を一変させた。

 2月4日現在、31試合に出場して平均25.4分という短めの出場時間ながら、20.2得点・7.8リバウンド・2.5ブロックを記録。新人王の最有力候補となるだけでなく、僅差で選ばれなかったがオールスター候補としても名前を挙げられた。チームとしても、昨季はシーズンを通して10勝(72敗)しかできなかったのが、1月だけで10勝5敗と同じ数の勝利をあげている。

 もっとも、これでエンビードの、そして76ersの”プロセス”が終わったわけではない。エンビードは開幕から出場時間の制限が設けられており、1月下旬から2月頭にかけては、ひざの打撲により試合を欠場している。チームも1月に勝ち越したとはいえ、プレーオフ出場にはまだ遠い。昨季よりは希望が見えてきたものの、まだ山あり谷ありのシーズンだ。

 1月、エンビードはウェブサイト『バーティカル』の取材に答えて、こう言っている。

「僕がバスケットボールを始めてからずっと、好きなことがひとつある。誰かにコテンパンにやられたら、そこから学ぶことだ。やられたら、次のときにはやり返す。高校のときから、ずっとそうだった。いつもやられていて、どう上達するべきか、何を練習するかを考えていた。それが好きなんだ」

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