体操の素晴らしさを伝えるためにプロになった

 2016年リオデジャネイロオリンピックの体操競技で個人・団体の金メダルを獲得した内村航平が、最新の著書『栄光のその先へ 内村航平語録──8年無敗の軌跡』(ぴあ)を上梓した。その出版記念イベントの数日前、私はいくつかの「言葉」を用意して彼のもとに向かった。


プロ宣言の先には体操のメジャー化と東京五輪がある(photo by PIA)

 イベントのトークセッションの時間は10分間。少ない時間で内村は何を伝えたいのか──それを確認するためだ。著書に掲載された「言葉」は3度のオリンピック(北京、ロンドン、リオ)、6度の世界選手権の前後に発言されたものが多い。この書籍の編集に携わり、トークセッションの聞き手を任された私には、感動の場面を自身の言葉で振り返ってほしいという思いがあった。当日集まる150人のファンは当然、これまでのオリンピック、特にリオ大会のことを聞きたがるはずだ。しかし、内村は意外な「言葉」を選んだ。

「演技をするときに一番に思うことは、見ているみなさんを感動させること」

 イベント当日。この言葉について、内村はこう解説した。

「これは2009年12月のコメントなんですけど、このころから徐々に結果を残すことよりも、みなさんに何を伝えたいか、演技でどういうことを伝えたいかと考えるようになりました。体操というのは、見ている人に感動を与えられる競技だと思います。そこを重視していかないと、点数にも反映されないし、自分が競技者として何をやっているのか、わからなくなってしまうというところもあります。見ている人に感動を与えることをやっていかないといけない。だから、この言葉が出たのだと思います。

 2008年に初めてオリンピック(北京)に出場させていただいて、その翌年に、個人総合で初めて世界チャンピオンになって、初めて金メダルを手にしたときに、結果以上にそういうところを求めていかないといけないのかなというふうに変わりました。そのころ、僕の体操自体も、意識もすごく変わりました」

自分の経験をどうやって下の世代に伝えるか

 もうひとつ、内村が挙げた「言葉」はこれだった。

「僕が経験してきたことを伝えていかなきゃな、と。どうにかして伝えていきたいに変わった」

 自身の思いや考えを伝えることの重要性に気づくまでの過程を、内村はこう話した。

「世界選手権6連覇、オリンピック2連覇は、体操選手として初めて残せた成績です。この経験を下の代にどうやって伝えていくか、見ているみなさんにどう伝えていくかということが、これから先、僕のやっていく仕事だと思います。今後の体操界にもつながることなので、どうにかして伝えていきたいという思いがありました。

 最近、テレビ出演やイベントなどにも出させていただいていますが、体操の素晴らしさ、自分の演技の見どころなどを語っていくことで、体操が広がるんじゃないかなと思っています。メディアに出る恥ずかしさはもうありません。19歳、20歳くらいのときは、あまり好きじゃなかったんですけど、成績を残すにつれて、どうにかして伝えていきたいなっていうふうに変わっていきました。

 自分の生まれた国でオリンピックが見られるというチャンスはなかなかありません。僕の場合は競技者として目指せる年齢でもありますし、そこ(2020年東京オリンピック)は絶対に目指さないといけない。日本でオリンピックをやることによって、日本の素晴らしさも世界に伝えられると思うので、日本の素晴らしさとともに、体操の競技としての素晴らしさも世界に発信していけたらいいですね」

内村が思いを言葉にするようになって日本代表は強くなった

 以前の内村に、自分から言葉で何かを伝えたいという気持ちはなかった。常人にはとてもできない演技をし、見る者の心を動かす19歳の天才アスリートなら当然かもしれない。言葉よりも体で表現するのがアスリートの仕事だとも言えるからだ。

 2008年北京オリンピックのとき、体操日本代表で最年少だった内村は、翌年の世界選手権で個人総合金メダルを獲得した。その後8年間は負け知らず、ずっと頂点に立ち続けている。しかし、団体では頂点に立つことができず、ずっと悔しい思いをしてきた。だから、「個人よりも団体の金メダルを!」と言い続けてきた。

「個人で獲っても喜びは自分だけだし、失敗しても響くのは自分だけ。一致団結していい演技で獲れた金メダルのほうが相当にうれしいと思う」

 しかし残念ながら、エースの力だけでは日本は団体で勝てないという現実があった。内村はその背中で、その演技でチームメイトをリードしようとしたが、どうしても金メダルに届かない。2010年世界選手権も、2012年ロンドンオリンピックも日本は2位に終わった。そのころ、内村は言葉の大切さに気づいたのではないだろうか。

 たとえば、後輩の加藤凌平にこんな言葉をかけている。

「自分ひとりの力じゃどうしようもできない。お前は絶対に必要だということを伝えたかったんです」

 また自身の変化については、こう語っている。

「僕はずっと自分がどうやったら強くなれるかだけを考えて体操を引退していくんだろうと思っていたので、こうなったのは不思議です」

 内村が自分の思いを言葉にして伝え、技術とハートで仲間を牽引したことで日本代表は強くなった。2015年世界選手権で37年ぶりに団体金メダルを取り戻し、2016年リオ大会でアテネ大会(2004年)以来のオリンピック金メダルをつかんだ。

 2016年12月、内村はプロ転向を宣言した。そのとき、理由を問われ、こう答えている。

「リオ五輪で(個人総合、団体で)金メダルふたつ取って帰ってきて、すごく体操が広まったなということがあまりなかった。これだけ結果を残したし、いましかないと思ってリオの後に決心しました」

 日本代表に団体金メダルをもたらした男は、これからはプロとして自身の言葉を使い、体操をもっと広めようとしている。

「体操がどういうものかはなかなか伝えづらいんですけど、やはり、試合会場で見て伝わるものがたくさんあると思います。みなさんに会場に足を運んでいただいて、競技を見て、何かを感じてもらえたら、僕はそれだけでもすごくうれしい。できれば会場に足を運んで、競技を見にきてください」

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