筑波大学「未来教室」で講義をする落合陽一氏

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『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、“現代の魔法使い”落合陽一の「未来教室」。最先端の異才が集う最強講義を独占公開!

「筑波大学未来教室」の最終回は、これまでホスト役を務めていた“現代の魔法使い”落合陽一自身がゲストスピーカーとなり、これまでのキャリアを語る。

学界やメディアアートの世界にとどまらず、バラエティ番組に出演して“極度のグミ好き”が注目されるなど、広く知名度を得ている落合博士。だが、異彩を放つキャラクターに比べると、本業である研究・アート領域の活動内容や、彼自身が「デジタルネイチャー」と呼ぶ独特の未来ビジョンはテレビの尺に収めることが難しく、まだ一般にはあまり知られていない。

人格形成期から人生の転機、そしてちょっと過激な育児観まで語る今回の講義は、本人いわく“超レア”。まさに「落合陽一入門」だ。

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落合 こんにちは、1987年産の落合陽一です。子供の頃の趣味は工作と実験と、あとピアノでした。初めてのパソコンは小学2、3年生のとき、あんまりよくわかってないじいちゃんに必要性を力説して買ってもらいました。今のiPhoneより処理速度が遅いやつが、当時は一台40万円くらいしたんです。

僕はこのウインドウズ95の上で、3DCGを描いたり動かすのがすっごい好きで。ムービーキャラクターを動かしたりして、ずっとカチャカチャ遊んでる8歳児でした。「砂場で泥んこ遊びするのに比べて、CGってめっちゃ簡単に動くなあ」というところから始まって、現実にある物体がどうやったら動くのか、どうやったらCGのように動かせるのかを気にするようになって、いろいろなものをいじくってましたね。

子供の頃のこうした興味は、後に彼の専門分野となるコンピューテーショナル・フィールド(「計算機ホログラムによる人用インターフェースのための物理場」を彼はそう呼ぶ)につながっているようだ。例えば代表作のひとつである『ピクシーダスト』では無数のビーズが、『フェアリーライツ』ではプラズマが、それこそCGのように、計算通りに三次元空間を動き回るのだ。

落合 僕の父(作家・落合信彦氏)は子供相手に「(ドイツの哲学者フリードリヒ・)ニーチェを読んでないヤツとは話ができねえな」とか言うような人で、その影響もあって本はよく読みました。で、19歳のときにはニーチェと(イギリスの哲学者)バートランド・ラッセルが大好きで、読みすぎて、ちょっとおかしくなっちゃった。「この世界にはホントに何も意味なんかないんだな。何をしても無駄じゃないか」と思いながら、心療内科に通ったりしていました。

だけど、そのうち「何をやっても意味がないなら、その都度、今を全力で生きよう」って思い直した。いわゆる能動的ニヒリズムってやつですね。これはその後も僕の行動原理になってます。世界や人生には価値がないってわかってるから、あとは好きなように遊べる。最終的な人生に価値があるかどうかに縛られてたら遊べないじゃないですか。ルールとゲームをその都度設定できるから、本気を出せるんです。そして、与えられたゲームの中ではそのルールの中で価値の高いものを目指します。

でも、ゲームとゲームは比べられないし、人生はゲームではない。野球とサッカーが試合できないようなものです。だから僕は違うゲームをする他人にものすごく優しいし、同時に同じゲームをプレイする人にはものすごく厳しい。

大学に入ってからは授業にもよく出たし、「レタスを食する会」っていうサークルを立ち上げて活動したり、レタス食ってばかりもいられないとなれば今度は「GHQ」ってサークルを始めたり。GHQは「Go Home Quickly」の略なんだけど、つまり帰宅部。

そんなことをしてたら、元学類長の磯谷順一先生が「若いうちはなんの役に立つかわからないけど、なんでもいいからやっとけ」って、いろいろと面倒を見てくれたんです。僕がここまで来られたのは磯谷先生のおかげ。「場」を提供してくれる人は大事だなと思います。

それと、大学1年の頃に出版社でインターンとして働いていたんですが、周りの人間を見たり、自分の職業特性を考えたりしているうちに「自分はこの作業を続けてたら終わっちゃうな」と思ったんです。マスコミとか広告のクリエイティブって、仕事としての創作を同じメディアに対して繰り返すわけで、これを続けるのは耐えられないな、就職したら心が死ぬな、という気持ちになっていきました。アーティストか研究者か連続起業家になればもっと個人としての仕事を、フィールドを変えながらやり続けられるのかなと思ったのもこのあたりです。

ちょうどその頃、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんが爆発的に売れてたんですよ。彼がなぜ売れるかといえば、結局、佐藤可士和はひとりしかいないからだと思うんです。それを見て、そのうち「インターネットでつながった世界は、地政学的条件を飛び越えてひとつの職にひとりの人間しか就けない世の中になるんじゃないかなあ」と思うようになったんです。

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「職業・落合陽一」。その意識が芽生えつつあった彼に、この後、大きな転機が訪れる。

落合 2007年、08年と、僕は複数の研究室を掛け持ちして、研究の楽しさを感じ始めていたんだけど、この後社会に出て仕事をするのと、研究を続けるのとどっちがいいか悩んでいました。そんなとき、指導教官だった西岡貞一先生が、「SIGGRAPH(毎年夏にアメリカで開催される世界最大級のCG学会・展覧会)はいいよ」と勧められて、それで行ってみたら本当にすごかった。研究発表はムチャクチャ面白いし、規模がでかい。レセプションのセレモニーが、メジャーリーグのレッドソックスとドジャースの試合が行なわれている球場の外野席なんですよ。

実は、このときのSIGGRAPHはとんでもない大赤字だったらしいんだけど(笑)でも、これだけのスケールのものを目の前でそれを見たらやっぱり「すげえな〜」って思いますよね。しかも、現地では後に東京大学でお世話になる河口洋一郎先生とか、高校の頃から憧れていたMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの石井裕先生とか、いろんな人と一緒になれて。研究って、思ってたよりずっとスケールが大きいんだと気づいたわけです。

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その後、研究と制作に打ち込んだ落合は内外で高い評価を得て、IPA(情報処理推進機構)から天才プログラマー認定を得たり、UIST (ユーザーインターフェースに関するトップカンファレンス)から賞を受けたりするなど縦横無尽に活躍。

そして東大大学院在籍中の2012年、世界で初めてシャボン膜で世界最薄レベルの反射制御スクリーンの作成に成功し、BBC(英国国営放送)などのメディアに取り上げられ、“現代の魔法使い”としてのキャリアを本格的に歩み始めた。

落合 僕の今の専門のひとつは、コンピュータで光と音を制御して特定の場所に集めたりする「計算機ホログラム」という分野です。なぜそんなことをしてるかというと、僕は映像などの「実質的なもの」と、いわゆる「物質」との「あいだ」に昔から興味がすごくあったからです。どちらでもないものが見てみたかった。

ここで扱う「音」は、必ずしも人に聞かせるためのものではありません。物の質感を変容させるために使うことも多いんです。例えばシャボン膜は、そのままだと透明だけど、そこに超音波を当ててかすかに振動させてやると、光を拡散反射するようになる――つまりディスプレイになる。これが『コロイドディスプレイ』という作品の原理です。これで運よく、メディアにすごく注目されるようになりました。

それと、自分のなかですごく重要だったのは、同じ12年に別の作品(『花鳥風月の分解法』)を通じて、「実質と物質の区別は解像度の問題でしかない」と気づいたこと。顕微鏡を使って印刷物とデジタルデータを見分けていく作品なんですけど、反射とかをうまく計算して置かれた印刷物とデジタルデータって、拡大しないとわかんないんですよ。

拡大すると粒がピクセルの並びなのか、CMYKの並びなのかで区別がつく。ほかにも網膜解像度の万華鏡の作品とかも作ってたことがあって、解像度という概念にはやたらとこだわりがあるんです。これが、デジタルネイチャーという概念に向かうきっかけになりました。

◆後編⇒落合陽一はなぜ“魔法使い”になったのか?「この世界の『時間』と『空間』をどうコントロールするか―そこを開拓する」

■「#コンテンツ応用論」とは?

本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一助教が毎回、コンテンツ産業の多様なトップランナーをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

●落合陽一(おちあい・よういち)

1987年生まれ。筑波大学助教。コンピュータを使って新たな表現を生み出すメディアアーティスト。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。「デジタルネイチャー」と呼ぶ将来ビジョンに向けて研究・表現を行なう。最近の主な仕事はマレーシア・クアラルンプールでの大規模個展のほか、『WEARABLE ONE OKROCK』( ロックバンドONE OK ROCKとのコラボで“全身で音楽を聴くジャケット”を開発)など

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博)