『暗幕のゲルニカ』原田 マハ 新潮社

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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2017」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは原田マハ著『暗幕のゲルニカ』です。

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 平和を願いながらも未だに世にはびこり、今日もどこかで誰かの人生に影を落とす戦争や紛争、そしてテロリズム......。本作は、その悲惨さを表現し、"反戦のシンボル"として知られるパブロ・ピカソの絵画「ゲルニカ」をめぐる物語です。

 「ゲルニカ」は、1937年にパリ万博のスペイン館に展示するためにピカソが制作した縦350cm、横780cmにも及ぶ巨大な作品。モノクロームの色彩で、「逃げ惑う人々」「いななき叫ぶ馬」「驚愕して振り向く牡牛」「倒れた兵士」など阿鼻叫喚の図が描かれており、作中ではこう評されています。

 「戦争シーンでもなく、殺戮の場面でもない。それなのに、その絵が地獄を表しているのは明らかだった。が、そこに描かれているのは、神に裁かれて地獄へ送られた罪人たちではない。人間によって地獄へ突き落された人間たちなのだ」(本書より)

 作品が描かれた背景には、スペインの歴史が深く結びついています。王制だった当時のスペインでは、第一次世界大戦による経済混乱から、その打破を目指す共和派が支持を集め、1931年に無血革命として共和制に移行します。

 しかし、1936年、社会主義政党が政権を奪取したことで、フランシスコ・フランコ将軍率いる反乱軍がクーデーターを開始。スペイン国内で内戦が勃発します。やがて、ソ連に支援を受けた政府軍とナチス・ドイツやイタリア、ポルトガルから支援を受けた反乱軍という構図に発展し、戦争が繰り広げられるに至りました。反乱軍が次々とスペイン各所を制圧する中、小都市ゲルニカに戦闘員ではない人々を含む無差別な空爆が及んだのです。

 ピカソは、こうしたゲルニカ空爆の悲劇や怒り、そして軍事力に重きを置き海外進出を狙う独裁的な政治体制「ファシズム」に批判を込めたのではないかと考えられています。

 本作では、そんな「ゲルニカ」について、2人の女性の視点から交互に物語が語られます。1人は「ゲルニカ」の制作過程を記録したとされるピカソの愛人ドラ・マールの視点から。その誕生から数奇な運命とともに、パリを舞台とした欧州の緊迫した様子が綴られます。

 もう1人は、9.11の傷跡が色濃く残る2003年のニューヨークを舞台に、美術館に勤務する八神瑤子の視点から。ニューヨークの国連本部にあった「ゲルニカ」のタペストリーが消えた謎を追いかける姿、さらには瑤子が平和の祈りを込めて企画した展覧会「ピカソの戦争」に「ゲルニカ」を出展させようとする奮闘が描かれます。

 多くの人の心を揺さぶる「ゲルニカ」の誕生と変遷、そして誰が「ゲルニカ」を隠し、なぜ瑤子は展覧会の開催に固執するのかなど、興味を惹かれるところは多々あります。しかしながら、著者の原田氏が込めた、芸術の持つ「戦争を止められる可能性」を感じとることも本書の醍醐味といえそうです。