米国のドナルド・トランプ政権について、この連載で今まで一切のコメントをせずにきたのですが、ここにきてハッキリ言えることが出てきました。

 トランプ氏はダメだと思います。たぶん手ひどいことになる可能性、というかリスクが高い。

 米国がハイリスク国家になってしまった、という事実を冷静に認識して、くれぐれもポチのように尻尾を振ったりせず、慎重に見据え、あまりのご乱心という折には同盟国としてしっかり諫める落ち着きのある日本であることが必須不可欠と思います。

 就任から1週間ほどで、トランプ大統領が署名、乱発した主な大統領例を列挙してみましょう。

1月20日 オバマケア=医療保険制度改革の見直し

1月23日 TPP=環太平洋連携協定からの撤退
     妊娠中絶支援組織への助成の停止

1月24日 石油パイプラインの建設促進

1月25日 メキシコ国境の「壁」建設の推進
     不法移民を保護しているとする都市への補助の停止

1月27日 紛争の続くイスラム系7カ国=イラク・シリア・イラン・スーダン・リビア・ソマリア・イエメンから米国への入国制限

 なるほど、独善的な経営とポピュリズムで70歳まで好き勝手してきた素人が政権につくと、こういうことがやれてしまうのか、というオンパレードと思いますが、こうしたことで良いとかダメとか言うつもりはありません。

 いや、ダメなのは自明です。合理的な原理原則を持たず、バラク・オバマ政権のレガシーを潰していくといった目先の帳簿の数字と大衆受けする表面だけのスローガンを政策に直結していけば、早晩矛盾が噴出すのは明白です。

 こんな「狼少年」政策は朝令暮改の連続で、ほどなく誰からも信用されなくなるだけでしょう。

 例えば、各国に波紋を与えている例の「入国制限」は、早々にニューヨークの連邦裁判所が執行停止を認めました。当然でしょう。すでに渡航して当日入国を待っていた、関係7カ国からの旅客なども当然ながら10人とか100人といった数でなく存在する。

 そういう現実に全く目を向けず、経験の足りない側近との議論と思いつきだけで米国という船の舵取りができるわけもなく、トランプタワーは知りませんが、星条旗のバベルの塔はピサの斜塔に急速に近づいている観があります。

 が、そんなことは直に分かってくることです。何より上に並べた大統領令の中だけでも、違憲を問われる可能性の案件がいくつかあるでしょう。

 連邦裁判所のすばやい執行停止は、三権分立という正常なシステムがまだ稼働している米国の健全さを見せてくれたように思います。これが日本だったらどうでしょう?

 果たして本当に、まともに三権分立は機能しているのか。司法は行政や世論・立法府と決然と襟を正して対峙することができるだろうか?

 少なくとも、行政の長に「立法府」と「行政府」の基本的な区別がついていない人物を祭り上げる程度には、神輿は軽い方がよい、という体質の国というのが実情で、極めて覚束ないというのが本当のところではないかと思います。

 が、私がトランプ・ゲームはジョーカーで終わり、とひとまず見切った第1の理由は、こうした個々の施策、いや失策ではありません。

 より根本的なところで、全くリテラシーがない。端的に言うと、科学技術音痴であることが露呈しており、これでは21世紀の先進国をまともに操縦など、できるわけがないのが明らか、と思ったものです。

トランプ・ゲームは科学リテラシー欠如

 すでにまともな政権という感覚を失っているので、本稿では以下トランプ・ゲームと記述することにしたいと思います。

 トランプ・ゲームでは、なんと今世紀末までに太陽系の全惑星を有人探査するとぶち上げて見せました。

 2099年に生きているわけもない70歳のトランプ大統領ですが、4年の任期の間にできることを言うならまだしも、実現性も薄ければ、実現してもどういう意味があるか分からない、小学生がおもちゃの宇宙ロケットをもて遊ぶような話を口にしながら、米国という船の舵取りができると思う方がどうかしている。

 さらにトランプ・ゲームでは、一部の地球観測は撤廃の可能性があるとしています。温暖化対策に意味のない反感を持つ人が、地球観測全体を軽視しているのかもしれません。

 1960-80年代にかけての米ソ冷戦、宇宙開発の軍事競争を覚えておられる方が、50代以上ならまだ多数おられると思います。野放図な宇宙進出はほとんど何の意味もなく、そもそも莫大な予算がかかる割りに得られるものはほとんどない。

 唯一と言っていいほど、実社会にも経済面を含めたリアルな恩恵をフィードバックしてきた宇宙開発が、広義の地球観測にほかなりません。

 「気象衛星ひまわり」のような存在がお天気、というより大規模風水害を含め、様々な対策にどれだけ有効、というよりも必須不可欠であるか、いまさら言うまでもないでしょう。

 福島第一原子力発電所事故の後も、気流の流れや降雨などの情報を詳細に跡づけることができ、対策を立てる基本以前の情報インフラストラクチャーとなっていると思います。

 私たちの日々の生活に完全に定着したカーナビゲーションも、元来は軍事衛星が開発したGPSのシステムを民生に転用したもので、特殊相対論、一般相対論の2つの補正を活用して地上30メートルほどの精度で地点を特定できることから、実用に供するようになりました。

 すべて、地球観測のシステムですが、たぶんこういうことが分かっていない知能水準の人がホワイトハウス近在に紛れこんでしまったことが知られます。

 「オバマ憎けりゃ皆憎し」という、科学的な合理性もイノベーションの建設性もない無見識は、悪い歴史の先例を思い出させます。

 「ユダヤ憎けりゃ皆憎し」と、先導的な科学者を国内から放逐してしまった、ナチスドイツにほかなりません。

 マックス・プランク、アルベルト・アインシュタイン、エルヴィン・シュレーディンガー、ヴェルナー・ハイゼンベルク・・・相対論や量子力学を建設したこれらの碩学たちは、大半がドイツ語圏で生まれました。

 スイス、オーストリアを含む独墺地域、一部コペンハーゲンやケンブリッジ、ブタペストなどもありますが、ともかくのちにナチスドイツが占領や爆撃したりする地域で、大半の革命的な業績を1920年代に挙げました。

 そして1933年以降、大半を追放してしまった。ユダヤ人に限らず、ユダヤ系とかかわりのあった優れた「人類の頭脳」たちは大半が亡命してしまい、最終的には米国に集まって、ナチスドイツをストップするため、という強い動機をもって原爆開発のマンハッタン計画に糾合されます。

 上記の4人について言えば、プランクとハイゼンベルクはドイツに残り、ハイゼンベルクはナチスに協力させられる羽目となって晩節を汚しまくり、アインシュタインとシュレーディンガーは亡命し、特に前者がホワイトハウスに送った書簡が引き金を引いて、武力としての原子力開発、核というもの、そのものがスタートした経緯があります。

 ナチスは「アーリア物理学」という虚妄を振り回し、原子力開発には決定的に遅れ、結局は敗れましたが、実際に核を落とされることはなかった。せっかく作ったのだから、と実験台として落とされたのは・・・言うまでもありません。

 それでも、ナチスは官僚が大変有能でした。翻ってトランプ・ゲームはどうでしょうか?

ナチス未満のトランプゲーム

 日本が世界に先駆けて実現したiPS細胞技術、幹細胞を中心とするいわゆる「再生工学」にトランプ政権は「倫理的な観点から」距離を置くようです。

 ES細胞の乱用に倫理の警鐘であれば分かるのですが、せっかくそれを回避した現在の再生工学全体を軽視するとすれば、「オバマ憎けりゃ」ではないですが、これまた1930年代ドイツを彷彿させる話です。

 加えて、ワクチン療法にも疑問を呈しているという。そういう消費者団体は多々あるし、実際に危険なワクチン、意味や効果の希薄なワクチンなども存在する可能性があると思いますが、国家の根本で大きな舵を取る人の器量ではありません。

 免疫療法というのは完全に確立された、メカニズムも精密に知られる精密科学に基づく臨床医学であって、行政のトップがその有効性に疑義を呈するような代物ではない。

 そういう「ことの軽重」に分別のないのが、間違った椅子に座っておるな、というのがモロにばれてしまいます。

 米国の石油や石炭を重視し、化石燃料を派手に消費し、パイプラインを増設、気候変動は軽視して基礎研究の結果も「政治的レビュー」を付さなければ公開、発表を許さない、そういう関係研究者のリストを提出させ、左遷ないし解雇の対象とする・・・。

 ざっとこういう話が聞こえてくるわけですが、私が端的に思い出すのは旧ソ連で横行し、莫大な数の餓死者も出して失敗したミチューリン農法ないしルイセンコ学説 の悲喜劇、いや正真正銘の惨劇です。

 メンデル以降の遺伝学や基本的な細胞生物学と矛盾する「カガク的・社会主義的農法」と称して無意味・無謀な作付けなどを「指導」し、そのとおりに従って不作となった場合、下僚の農業技師たち「が、富農的だったから」としてシベリア送りにする・・・。

 ソビエト・ロシアを崩壊させる主要な下地を作ったルイセンコでしたが、生涯失脚することなくベッドの上で最後を迎えることができたのは、ひとえに「地方農民に人気があったから」とされています。

 この人気が国を滅ぼしたことを、物理学者のアンドレイ・サハロフ、作家のアレクサンドル・ソルジェニーツィンなど多くの人々が指摘、弾劾しています。

 トランプ・ゲーム、「こりゃ終わってる」とはっきり思ったのは、この「地球環境の基礎科学研究に政治的レビューを実施し、パスしないものは公刊させない」という一文を見た瞬間でした。

 これは、もう、ダメです。最初から終わった奴がやっている。よほど電気でも通してフランケンシュタインなみの改造でも行わない限り、こんな政権の施策を真に受けて右往左往していたら、国際社会から信用を失ってしまいます。

 我が国としては、まず様子を見ること。脊髄反射的な狆政令(珍ではなく狆と書きました)が出る(その頻度の異常な高さであることよ)際には、1週間程度は常にタイムラグを置き、国内国際社会の反応を見、混乱がないことを十分確かめた上で慎重に対応するのが賢明でしょう。

 くれぐれも、バカ殿ご乱心の一挙手一投足に右往左往するような恥ずかしい真似がないようにと、願わざるを得ないのが情けないところです。

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筆者:伊東 乾