写真提供:マイナビニュース

写真拡大

●ルーツは米国とイタリアにあり
世界各地で開催されるモーターショーで毎年のように発表されるコンセプトカー。多くのクルマ好きの注目を集める一方で、「コンセプトカーって何?」という声も聞かれる。コンセプトカーをそのまま市販したようなクルマに乗る筆者が、コンセプトカーが生まれる背景を紹介していく。

○今年も登場! 目を引くコンセプトカー

1月に開催された北米国際オートショー(デトロイトショー)を皮切りに、今年も世界各地でモーターショーが開かれる。モーターショーの華といえばコンセプトカー。2017年秋に開催が予定されている東京モーターショーでも、国内外のブランドがさまざまなコンセプトカーを出展することになるだろう。

でもここで、「コンセプトカーって何?」と疑問に思う人もいるはずだ。確かに、コンセプトとは概念という意味の言葉で、曖昧な表現だ。

それに歴史を振り返れば、コンセプトカーという言葉が使われ始めたのは最近のことで、昔は「ショーカー」や「プロトタイプ」といった表現のほうが一般的だったという記憶がある。日本語では「試作車」や「参考出品車」などの言葉が使われていた。これらを総称してコンセプトカーと呼ぶようになったようだ。

○カロッツェリアも源流に

コンセプトカーの歴史を作ったのは米国とイタリアだと考えている。米国ではゼネラルモーターズ(GM)をはじめとする旧ビッグ3が、モーターショーに向けて未来的なデザインのクルマを製作し、展示していた。GMは「モトラマ(Motorama)」という名前で自前のモーターショーを開き、コンセプトカーを見せるほどだった。

一方のイタリアでは、ピニンファリーナやベルトーネなど、ボディの製作を専門に行うカロッツェリアと呼ばれる工房がショーカーを送り出していた。戦前の自動車は、カーメーカーはエンジンとシャシーを作るだけで、ボディは専門業者に任せるのが一般的だったのだが、創造性豊かなカロッツェリアは戦後もその流れを受け継いだ。

彼らはカーメーカーと組んでボディを手掛ける傍ら、一品製作も請け負った。それらの多くは富裕層の注文に応えるためだったけれど、戦後多くのカーメーカーがボディも手掛けるようになると、多くの人に彼らの実力を知ってもらうために、モーターショー向けのモデルを製作することが多くなり、そのために自前のブースまで出すようになった。

●ショーカーとコンセプトカーの違い
○ユーザーの反応を見るという役割も

こうした流れが日本にも伝わり、1960年代には東京モーターショーで国内メーカー各社がショーカーを展示するようになった。そういったクルマの中には、今見てもカッコイイと思えるスポーツカーが何台もある。高度経済成長時代を反映した、夢のクルマたちだった。

でも多くは、そのまま市販されることはなかった。すると一部のクルマ好きから、市販車に結び付かないショーカーには興味がないという声が出始めた。

そこでカーメーカーでは、将来的に市販の可能性があるクルマに関しては市販予定車という呼び名をつけて、ショーカーと区別することにした。またショーカーについても、市販車とまったく結び付きのないモデルは影を潜めるようになった。つまりフロントマスクやサイドのキャラクターラインなど、ボディやインテリアの一部に将来導入予定のデザイン要素を入れて、ユーザーの反応を見るようになったのだ。

ユーザーの反応が良ければ、市販車もその路線で送り出す。全体がそのまま現実になるわけではないけれど、一部のデザイン概念は市販車と共通している。よってコンセプトカーという言葉が使われるようになったようだ。

つまり先にコンセプトカーが開発されて、あとから市販車が作られるという順序が一般的なのだが、同時進行する場合もある。代表例が日産のコンパクトSUV「ジューク」だ。

ジュークがデビューする前年、つまり2009年のジュネーブモーターショーや東京モーターショーに、「カザーナ」というコンセプトカーが出展されている。実はこのカザーナ、ジュークをベースに前後フェンダーなどを盛って、よりインパクトのある形にしたものだ。このカザーナが好評だったことからジュークもその路線で市販し、ヒットにつなげたのである。

○マツダ「靭」が体現したものとは

さらに個別の車種ではなく、ブランド全体の方向性を示したコンセプトカーも存在する。こちらの代表例は、マツダが2010年に発表し、翌年の東京モーターショーなどで公開した「靭(しなり)」だ。

当時マツダは、リーマンショックによる販売不振が経営に大きな影響を及ぼしていた。ここでマツダは守りに入らず、テクノロジーとデザインの両面で新しい思想を導入した。前者が「スカイアクティブ(SKYACTIV TECHNOLOGY)」、後者が「魂動(こどう)」だ。このうち、魂動の方向性を示すために作られたのが靭だった。

靭を公開するまでは、マツダの社内でも、この方向性で良いのかどうか迷っている人もいたという。しかし実際に展示してみると大好評。社内の風向きがガラッと変わり、魂動デザイン実現に向けて進んでいったそうだ。「アテンザ」が靭の市販版であることは説明するまでもないだろう。

●市販されたコンセプトカーも
○ワガママなクルマ好きをうならせるコンセプトカー

当初は市販が前提ではなかったのに、発売してしまったコンセプトカーもある。ちょっと昔の例になるが、「ギア/いすゞ117スポルト」がそうだった。

カーデザインの巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロがギアというカロッツェリアに在籍していた頃、ギアとつながりを持ち始めたいすゞ自動車は、スポーツカーのデザインを依頼した。1966年のジュネーブショーに展示したところ、複数の賞を受賞するほどの高評価。これを受けていすゞは市販化を決定し、ジウジアーロの協力を受け、2年後に「117クーペ」として発売したのだ。

実は筆者が所有しているルノー「アヴァンタイム」も、似たようなプロセスで生まれた。ルノーは昔からコンセプトカーを積極的に送り出してきたブランドのひとつで、その一環として1999年のジュネーブショーでアヴァンタイムを初公開。翌年は東京モーターショーにも展示されるなど、世界各地のモーターショーを巡るうちに、ミニバンをベースにクーペに仕立てた斬新な発想が反響を呼び、2001年にほぼそのままの形で市販されたのだ。

しかし残念ながら、いざ売り出してみると購入する人はごくわずかで、たった2年で約8,500台を作っただけで生産を終了してしまうという失敗作になってしまった。昨年のトヨタ・プリウスの販売台数の約30分の1と書けば、少なさが分かるだろう。

市販に結び付かないショーカーはケシカランと言いつつ、いざ市販してみると現実離れして買う気にならないという。クルマ好きってなんてワガママな人種なんだと思うかもしれないが、そういう人たちを満足させる夢のクルマが、コンセプトカーというものなのかもしれない。

(森口将之)