米入国禁止令で帰国不能に たった一人の社員のため立ち上がったCEO

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起業家は予想外のことを予期できるものだが、エリック・マルティネス(48)が昨年6月、従業員の安全と生産性を向上させるウェアラブル端末を製造する会社Modjoul(モジュル)を立ち上げた時、彼は自分の社員が外国から帰国できくなる事態が起きることなど、想像もできなかった。

だが先月27日、ドナルド・トランプの大統領令により突如としてイスラム圏7か国出身者の米国入国が禁じられると、イランの首都テヘランに暮らす家族の元を訪れていたナザニン・ジノーリ(29)は、自宅と職場のあるサウスカロライナ州クレムソンに戻れなくなってしまった。

ジノーリはクレムソン大学の博士課程を修了し、同社でデータ科学者として働いていた。本人がフェイスブックへの投稿で説明したところによると、米国が入国要件を変更するとのうわさを25日に耳にしたジノーリは、急きょ予定を前倒しして帰国の途に就いたが、経由地のドバイで米国便への搭乗を拒否されたのだという。

「出国した時、誰も警告をしてくれなかった。私の飼い犬や仕事、生活がどうなるのかなんて、誰も気にかけなかった。(…)言葉ではそう言われなかったけど、行動を通じてこう言われた。私の人生なんてどうでもいいことなんだと」(フェイスブックの投稿より)

かつてAIGの幹部として世界2万5,000人以上の従業員を監督し、現在は従業員数12人のModjoulを経営するマルティネスは、ジノーリを一刻も早く帰還させるために全てをなげうった。彼女のビザ(査証)は3月で失効してしまうため、残された時間はごくわずかだ。

「私たちが彼女のために闘わなければ、彼女には誰もいなくなる。彼女の家族はここにはいない。いるのは私たちと友人だけ。その中でも必要なビジネス経験を持っているのは私たちだけだ」(マルティネス)

ジノーリがドバイからテヘランに暮らす母の元に戻り、今後について思案を巡らせる一方で、マルティネスは協力が得られるかもしれない政治家らに電話したり、ツイッターでクレムソン大学のアカウントに宛てたメッセージを投稿したりする作戦に出た。さらに、リンクトインでアドバイスを求める投稿を行ったところ、12万5,000回以上閲覧された。これは話題集めであると同時に、ブレインストーミングを目的としたものでもあった。

「小規模事業についてはグーグルで検索すれば色々学べるが、大統領令によって従業員が拘束された場合はいったいどこに行けばいいのか? 私は、ビジネス界の人々に、今起きていること、私の社員に起きたことについて知ってもらいたかっただけだ。これは正しいことではない。有効なビザを持っている彼女は、米国への再入国が許されるべきだ。遠く離れて暮らしていることを申し訳ないと思い、母親と家族の元を数週間訪れただけなのに」


Modjoulのエリック・マルティネスCEO (Photo courtesy of Modjoul.)

リンクトインの投稿が広まり始めると、マルティネスの元には記者からの電話がかかってくるようになった。また、クレムソン大学の紹介により、サウスカロライナ州選出上院議員のリンゼー・グラムとティム・スコット(ともに共和党)とのコネクションもできた。

グラム議員の事務所には、ジノーリのフェイスブック投稿を読んだ地元有権者からの電子メールが殺到。マルティネスは、グラム議員との面会のために、自宅のあるワシントン州からサウスカロライナ州へと飛んだ。

グラム議員は30日、Modjoulのクレムソン支社を訪れ、ジノーリが陥っている状況について説明を受けた。またマルティネスによると、数百人の支援者がクレムソン大学などに集まったという。グラム議員は同社に集まった人々に対し、有効なビザを持ち、税金を払い、同社の事業に貢献しているジノーリは「まさに私たちがアメリカの一部として受け入れたい人間だ」と語ったと、ワシントン・ポストは伝えている。

だがこれは最初の一歩にすぎない。今回の大統領令では、入国許可の例外が認められるためには国土安全保障省の高官らの承認が必要だとされている。マルティネスは入国管理専門の弁護士を雇い例外申請の手続きを進めているが、必要書類は75ページ分にも上り、ジノーリの在学時の成績証明書や、教授や友人からの推薦書をそろえる必要がある。

「大統領令の専門家になってしまいそうだ」。マルティネスはこう語る。「私にもグーグルやマイクロソフト、スターバックスのような資金力があればいいのだが。(でも)この一度に限り、社員のためにやらなければいけない」

マルティネスは法的手続きにかかる費用を工面するため、クラウドファンディングサイト「GoFundMe(ゴーファンドミー)」で29日、「Let Naz In(ナズを入国させて)」と題したプロジェクトを立ち上げた。弁護士の前払い依頼料5,000ドルや米国行き航空券の費用などを含めた目標額は1万5,000ドル。この問題が裁判にもつれ込んだ場合の費用は未知数だ。同プロジェクトは立ち上げから3日の時点で既に目標額を達成している。

クラウドファンディングのメリットの一つは、支援者の声にあるという。「コメントを読むと思わず涙が出てしまう。ナザニンはこれを読んでいつも泣いている。たくさんの支援者やコメントを見て、希望をもらっているんだ」(マルティネス)