節分が年越し?かつては重んじられた節分そばの文化

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皆さんは節分そばというものをご存じでしょうか?少なくても江戸時代の後期までは、豆まきや恵方巻きと同等に扱われていたものですが、最近ではその存在を知らない人も多いのです。

■ 節分そばとは?

節分とは季節の節目のことで、とくに立春の前日を節分と呼ぶ事が多いようです。元々は7世紀末に中国から伝わった宮中の行事でしたが、江戸時代から庶民にも浸透しました。昔の人にとっては立春=新しい年の始まりという認識だったそうで、年越しだ!というおめでたい気持ちで節分そばを食べていたのです。そばの実は魔除けになると言われていたので、新年の門出に歓迎されたのですね。

■ 昔の人も戸惑っていた

しかし昔の人の中には、現代人と同じように元旦を年の始まりと考えて、混乱してしまった人もいたようです。平安時代の歌人・在原元方は、「年の内に春は来にけり1年を去年とやいはむ今年とやいはむ(1月になる前に立春が来てしまったが、昨日までの1年は去年と呼ぼうか、それとも今年と呼ぼうか。)」という歌を詠んでいます。在原元方はきっと、首を傾げながらおそばを食べていたのでしょう。

■ どんな作り方?

節分そばという固有名詞はあるものの、普通のおそばと変わりないようです。そばに鰯を乗せることもありますが、一般的ではないようです。ただ鰯は、その匂いを鬼が嫌がるとされ、柊の葉とともに家の門にくくりつけるという文化がありました。しかし現在ではそういった文化はありませんので、飾る代わりに食べるというのは良いかもしれません。柊鰯は、鰯の匂いで鬼を追い払い、それでも近づこうものなら柊の葉のトゲで目を刺してやろう、という意味があるそうです。

■ おわりに

昔ながらの文化が廃れるのは、非常に残念なことです。少し変化させてでも、残していけたら良いですよね。ですので、節分そばのかつての意味合いは横に置いておいて、季節の風物詩として楽しんでみてはいかがでしょうか。

(image by amanaimages)
(著:nanapiユーザー・tsubaki)