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●TBSラジオクラウドがアプリ化
民放ラジオ局11社が参加し、博報堂DYメディアパートナーズを事業主体として始まった「ラジオクラウド」。ラジオ番組を核とする音声コンテンツ配信プラットフォームアプリなのだが、この取り組みで注目すべきは、日本において新たな広告市場を開拓しようとしていることだ。“ラジオ版スポティファイ”とでもいうべき画期的なサービスが始まった。

○ラジオクラウドとは何か

ラジオクラウドは無料で音声コンテンツを聴けるスマートフォン用アプリだ。聴くことができるのは、参加ラジオ局が提供するコンテンツ。基本的にはラジオ番組の一部を切り出したものだが、一部オリジナル番組も含まれる。聴き方としてはコンテンツをダウンロードすることもできるし、ストリーミングで聴くこともできる。参加しているラジオ局は、TBSラジオ、ニッポン放送、文化放送の在京AM3局を含む計11局だが、今後は増えていく見通しだ。

ラジオクラウドが生まれた経緯は少し複雑だ。まず前提として、多くのラジオ局は、ラジオ離れへの対策として、ポッドキャストにラジオ番組の一部を切り出したコンテンツを配信している。しかし、TBSラジオではポッドキャストの人気が予想以上に高まり、ダウンロード件数が増えたためサーバー費用などをまかなうことが難しくなった。そこで同社は「TBSラジオクラウド」というサービスを立ち上げ、ポッドキャストの人気コンテンツをストリーミング配信に切り替えて継続していた。TBSラジオクラウドがアプリ化したものが「ラジオクラウド」だ。

ポッドキャストでは番組をスマートフォンにダウンロードして聴けるが、TBSラジオクラウドではそれができなかった。この辺りを不便に感じるリスナーも多く、TBSラジオではTBSラジオクラウドのアプリ化とダウンロード機能などの実装を急いでいた。

○音声コンテンツ配信の収益化に向けて

TBSラジオが始めた取り組みに、アプリ化のタイミングで他のラジオ局も参加することになったのはなぜか。それは、TBSラジオがTBSラジオクラウドの立ち上げ時から掲げている目標、つまりは音声コンテンツ配信の収益化を達成するためだ。

この辺りの事情を説明するために、まずは音声コンテンツ配信の収益化がいかに可能性の大きいビジネスであるかを見ておきたい。

●日本に音声コンテンツの新たな広告市場は根付くか
○登場した新たな広告手法

日本ではラジオ広告費が減少基調にあるが、ネットラジオが盛んな米国では、ラジオ広告市場が1兆円を越える巨大なマーケットを形成している。この巨大な市場を生み出しているのが、番組の聴き手に合わせて音声広告を配信する仕組みだ。ネットラジオであれば、番組を聴いている人の端末から得られる情報を分析し、その人の年代、性別、興味のある分野などに合わせた広告を配信できる。このシステムが確立しているため、広告市場にも活気があるわけだ。

音声広告のターゲティング配信はネットならではの技術で、地上波放送がメインの日本のラジオ業界では真似できない取り組みだった。ポッドキャストであっても、聴き手の属性をラジオ局が知ることはできないため、広告を入れて収益化することは難しかった。TBSラジオがポッドキャストをやめてTBSラジオクラウドを始めたのも、音声コンテンツのネット配信にターゲティング広告を導入し、ネット上の音声広告という新しい市場を日本に創出するための挑戦という側面があった。

そして、日本でもようやく、音声公告のターゲティング配信技術を導入しようという動きが活発化してきている。そのうちの1社がデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)だ。DACの音声広告アドサーバー「FlexOne APE(フレックスワン・エイプ)」を使えば、日本でも米国のような音声広告を打つことが可能になる。この辺りの事情は以前お伝えしたとおりだ。ラジオクラウドにはDACの技術が活用されている。

○まずはユーザー数の拡大がカギに

音声コンテンツの収益化に向けては、ラジオクラウドのユーザー数を増やす必要がある。TBSラジオクラウドのユニークユーザーは月間100万人規模だが、ここに他局が加わることで、ラジオクラウドのユーザー数は増える可能性がある。参加するラジオ局が増えたり、オリジナルコンテンツが充実したりしていけば、その規模も拡大していくだろう。

ポッドキャストを行っている他のラジオ局にしてみても、程度の差こそあれ費用は掛かっているわけだし、同じ音声コンテンツを使って収益化に挑戦してみたいという想いは共通しているはず。ラジオクラウドに色々なラジオ局が参加しているのは必然的な流れだといえる。

●脱“オールドメディア”へ次々と手を打つラジオ業界
○独自のユーザー層を構築できるか

ラジオ業界の大きな動きとして記憶に新しいのは、PCやスマホを通じ、ラジオ番組をネット経由で聴ける「ラジコ」がタイムフリー聴取に対応したことだ。タイムフリー聴取とは、ほぼ全てのラジオ番組を、放送後1週間に限り、いつでも後から聴けるというサービス。タイムフリー対応のラジコとラジオクラウドがどのように共存していくのかは気になるところだ。

この辺りの事情をTBSラジオでラジオクラウドを担当する同社メディア推進局インターネット事業推進部の藤田真毅氏に伺ってみると、ラジオ局には「ラジオリスナー」と「ポッドキャストユーザー」という2つの受け手が存在したという事実が重要らしい。つまり、ポッドキャストは聴いているが、ラジオを聴く習慣はないというユーザー層が存在したのだ。

確かに、ラジコで後から遡って聴けるとしても、忙しい人にとっては、例えば2時間の深夜番組を始めから終わりまで通して聴くのは大変だ。それならば、ラジオの作り手が知恵を絞って作成した、ディレクターズカット版とでも呼ぶべきポッドキャスト番組を聴こうというユーザーが、一定程度は存在してもおかしくない。このポッドキャストユーザーが、つまりはTBSラジオクラウドのユーザーになったわけだろうし、今後はラジオクラウドのユーザーになるかもしれないのだ。

ここに他局の番組が増えて、オリジナルコンテンツも楽しめるとなれば、ラジオクラウドのユーザーは更に拡大するかもしれない。「(ラジオクラウドに)目玉となる番組を作りたい」と藤田氏は語っていたが、ラジオ局にしてみれば、ラジオクラウドの誕生は独自コンテンツの出し先が1つ増えたようなものなので、ラジオクラウドでも各局の特色が感じられる人気番組が生まれる可能性はあるわけだ。ラジオクラウドでラジオの面白さを知って、ラジオやラジコのリスナーになる人も現れるかもしれない。

○ラジオ番組を核とするサービスならではの可能性

無料で聴ける、広告モデルの音声コンテンツ配信サービスという意味で、ラジオクラウドは例えばスポティファイの無料版に近い。ここで重要なのは、スポティファイなどは音楽を核とするサービスであるのに対し、ラジオクラウドの核はラジオ番組であるということだ。

ラジオは不思議なメディアで、例えば商品を見ることすらできない「ラジオショッピング」というビジネスが成り立っていることからも分かるように、ラジオの聴き手の中には番組に対して特別な信頼感を持っている人が少なからず存在する。また、人気ラジオ番組が主催するイベントの集客力を見ていると、ラジオが抱えている熱量の高いリスナーの数も驚くほど多い。

ラジオは聴き手に何かしら“距離の近さ”のようなものを感じさせてくれるメディアだといえる気がする。このラジオとリスナーの関係性は、ラジオを広告媒体として活用したい企業にとっても魅力的に映るはずだ。そこに新しい広告手法が加わることで、日本の音声広告市場は活性化するかもしれない。

実際問題として、既存のビジネスモデルに固執していれば、ラジオ業界は早晩、事業を続けることすら困難な状況に陥るかもしれない。そんな中で、ラジコのタイムフリー化に踏み切ったり、新しくラジオクラウドを始めたりしている業界の動きは、クオリティには絶対の自信がある音声コンテンツ(番組)を何とか収益化し、メディアとしてのラジオを存続させたいという考えの表れだと捉えることができる。ラジオの将来を占う意味でも、まずはラジオクラウドがユーザーに受け入れられるかどうかに注目したい。

(藤田真吾)