中国における性感染症に関する「異常な事態」に気づいた発端は、2016年12月から急増したH7N9型鳥インフルエンザ(以下、H7N9)の感染者・死者増加の報道だった。

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中国における性感染症に関する「異常な事態」に気づいた発端は、2016年12月から急増したH7N9型鳥インフルエンザ(以下、H7N9)の感染者・死者増加の報道だった。そこで、各報道を改めてチェックし、さらに中国・国家衛生和平計劃生育委員会(衛生と計画出産委員会=中国厚生省)の公式サイトを確認した。

中国には法定伝染病の制度がある。各医療機関は、指定された病気の感染例や死亡例があれば、当局に報告せねばならない。H7N9も法定伝染病に指定されており、毎月の発生状況が発表される。そこで16年各月の発表を確認した。

1月は感染者が29人だったが、2月は17人、3月は11人と減少した。8、9月は感染者の確認なし。ところが10月は2人、11月は6人と、感染発生が再開した。そして12月には一気に106人に増えた。同月の死亡者は20人だった。

中国で、最も多くの死者を出している感染症はエイズ(HIVウイルスによる発症)だ。16年には5万5600人が発症し1万4290人が死亡している。次に多いのが肺結核で112万1019人が発症し1858人が死亡している。各種ウイルス性肝炎の場合、発症者は肺結核以上に多いが死亡は少ない。

毎月の発表数を確認しているうちに妙なことに気づいた。梅毒淋病だ。16年通年で梅毒は発症者が46万4457人で死亡者は75人、淋病は発症者が11万6306人で死亡者が1人と報告されている。これはおかしい。梅毒と淋病は同様の感染ルートを持つが、通常は淋病患者の方が多いはずだ。

例えば日本では、2000年から15年までの累計で、梅毒の感染報告例は1万4287例、淋病は21万3575例だ。淋病の方が「桁違い」に多い。中国と日本で2つの病気の感染者数が完全に逆転する理由は見当たらない。だとすれば、理由は何か。

梅毒も淋病も症状が進めば患者は重篤な状態になるのは同様だが、梅毒は表面上の症状が一端消えてから、一定期間が経過したのちに身体全体に症状が出るとされる。淋病は症状が続くが、適切な抗生物質を使えば、抑えられる場合が多いとされる。

そこで推察できることがある。中国人は自分が性感染症になったと思っても、診察を受けない場合が多いということだ。梅毒の場合、初期症状は軽い場合が多いが、放置しておくと重篤な症状になる。数年後に放置できない症状が出る場合がある。いやでも治療を求めざるをえない。

淋病の場合、早い段階で激しい痛みを伴う症状が出る。しかし診察をがまんする事例が多いと思われる。現在は処方箋に基づかない抗生物質販売は禁止されているが、それでも入手する方法はある。結局、診察・治療を経ないで自己対応でなんとかしてしまう患者が多いと推察できる。それらの結果、梅毒と淋病について発症者と死亡者の統計が「異常な事態」になるのではなかろうか。

医療機関に足を運びたがらない人が多い理由は「費用」だ。中国では医療保険がいまだに未整備だ。保険未加入の人は高額の医療費を自己負担せねばならない。だからできるだけ避けようとする。病気の種類によって、制度上の問題から医療機関に足を運ぶ人の割合が異なれば、感染症についての統計の信頼性は、大きく損なわれることになる。

私は、少なくとも中国の中央官庁は、国の運営方針を決める基礎となる統計を正確なものにしたいと欲していると考えている。しかし、制度の不備などが原因で官僚自身すら信頼するに足る数字を得られないとすれば、国の運営には大きな困難が伴うと言わざるをえない。(1月30日寄稿)

■筆者プロフィール:如月隼人
日本では数学とその他の科学分野を勉強したが、何を考えたか北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。