投資と経営のプロ、モハメド・エラリアンが読む2017年

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反エスタブリッシュメント運動の拡大、マイナス金利の行方、「トランプのアメリカ」の始まり、EUと中国の経済不安─日本の投資家・経営者はいかに備えるべきか。リーマン・ショック後の「ニュー・ノーマル」は終わりつつあり、その後の世界経済は悪化する確率が上昇している─投資と経営のプロ中のプロが2017年を読む。

「世界経済にとって今、最大のリスクは何か。中国か、ヨーロッパの金融システムか、アメリカの新大統領か」と、よく尋ねられますが、私の答えは、「これまでとは違う不確実性(unusual uncertainty)」です。

この不確実性には4つの次元があり、それは経済、金融、機関、政治。まず、経済の次元では、生産性、事業投資、破壊的イノベーション技術の出現に大きな疑問符がつけられており、今後の経済成長への期待が損なわれています。

金融の次元にある問題は、マイナス金利です。市場システムはマイナス金利で運営されるよう設計されておらず、マイナス金利が長く続くほど、生命保険や年金基金といった長期的な金融セキュリティー商品・サービスにおいて運用成果は振れ幅が大きくなり、運用担当者などへの圧力は大きくなる。マイナス金利のもとで金融システムをどう動かすかは、金融面での大きな不安定性につながっています。

機関の次元で挙げられるのは、アメリカでもヨーロッパでも日本でも中央銀行という機関へのプレッシャーがいっそう強まっていること。中銀の信頼性や有効性にダメージがもたらされるリスクがあるわけです。

政治の次元では、日本は別として、ヨーロッパでもアメリカでも、反エスタブリッシュメント運動の影響力が強まって、既存の政治秩序への信頼が失われています。

小規模でも大きな結果をもたらすのが反エスタブリッシュメント勢力。たとえば、イギリス独立党(UKIP)は国会下院で1議席しか持っていないのに、UKIPは保守党政権による国民投票をもたらし、その結果として欧州連合(EU)離脱派に勝利をもたらしました。

こうした政治次元での現象もまた、これまでとは違う不確実性の表れであり、私は「怒りの政治(the politics of anger)」と呼んでいます。怒りの政治においては、怒りに駆られた有権者がエスタブリッシュメントに反対する投票行動に出ます。

ブレグジット(イギリスのEU離脱決定)にせよ、ドナルド・トランプ、ロドリゴ・ドゥテルテという大統領の登場にせよ、予測できないことが世界規模で起きています。

経済成長率がとても低い環境で近代的民主主義政治を続けていて、成長の成果が全人口のうち非常に小さな層にしか届かないとしたら、国民は怒りを抱き、エスタブリッシュメントへの信頼を失い始める。これがアメリカで起きていることで、それはトランプの当選だけではなく、バーニー・サンダースが民主党の代表選びで善戦したことからもわかります。

このような現象は世界各国で一般化しつつあり、フランスには国民戦線があるし、ドイツではAfD(ドイツのための選択肢)が伸長している。同様の動きはオーストリア、オランダ、スペインでも見られます。

米国の景気後退リスクは小さくない

前回のインタビュー(Forbes JAPAN 2016年2月号)では、2008年以来続いてきた「ニュー・ノーマル(*1)」は今後数年で終わりそうだが、その後に直面する「T字路(*2)」で世界が左右どちらの道に進むかは予測できないとお話ししました。

その後これまでに我々はいくつか学んでいます。ひとつは、今、私たちが進んでいる道はさらにストレスを受けており、そろそろ終わりそうだということ。先ほど述べたように経済、金融、機関、政治という4つの次元におけるさまざまなショックの連続を目の当たりにしてきました。

迫りくるT字路のどちらの道を選ぶかについて、私の見方は変わりました。良い方向と悪い方向を我々が選ぶ確率は50対50だと、前回はお話ししましたが、今では悪い方向へと曲がる確率が65%で、いい方向へ舵を切る確率が35%になっているように思われます。

1月に出した著書(The Only Game in Town: Central Banks, Instability, and Avoiding the Next Collapse)(邦訳『世界経済 危険な明日』)で私は、17年にアメリカが景気後退に入る可能性は約30%だと予測しました。今でも、その確率は変わらないと考えています。

30%というのは低い確率に思えるかもしれませんが、実は大きなリスクです。

景気循環にもとづいた見方では、アメリカ経済は国内消費に支えられて1.5〜2%の成長率を維持することになります。アメリカでは過去7年間に1,400万人分以上の雇用が生み出されており、この雇用創出に今では賃金の上昇も伴っている。景気循環を考慮すれば、アメリカ経済にはモーメンタムがあるということになります。

それにもかかわらず、景気後退を避けられる可能性が70%にとどまっているのはなぜか。その答えは3つあります。

第一は、アメリカの成長に対する構造的な逆風。第二は、アメリカ以外の世界各国がアメリカより弱いポジションにあること。そのため、世界全体に対する逆風も考慮しなければなりません。そして第三は、金融市場がファンダメンタルから大きく隔たっていて、金融面での不安定性が高まるリスクがあることです。

この3点を考え合わせると、アメリカ経済が成長を維持する確率は70%であるものの、リセッションに陥る確率も30%あるということになるのです。

現時点でアメリカ経済の最も弱いポイントは、企業が生産施設の新設や機器の新規導入への投資を抑えていること。彼らはキャッシュは持っています。ところが、アメリカ経済の将来に確信が持てていないのです。

アメリカの雇用情勢は、3種の指標をベースとすれば良好に見えます。その指標は月次の雇用者増加数と失業率、そして賃金上昇率で、特に4.9%という10月の失業率は歴史的な低水準でした。

ただ、それほどよくない指標がひとつあります。就業率が59.7%(16年11月)と、数十年ぶりの低レベルにあって、これが懸念されます。労働市場が回復を続けているとなれば、もっと多くの人々が労働力として戻ってくるはずなのに、あいにく、これまでのところ、そういう状態になっていません。アメリカ経済の長期的な健全性にとって、もっと多くの人々が労働市場に戻ってくることが大切なのですが。

とはいえ、16年12月15日に開かれるFOMC(連邦公開市場委員会)では利上げが決まる可能性が高いでしょう。労働市場も回復しているし、賃金も含めてインフレが加速していている。超低金利政策の期間が長引いたために金融面での不安定性が今後拡大していくことも、利上げの要因になります。

FRB(連邦準備制度理事会)が16年内に利上げに踏み切ったとしても、世界経済への影響が大きくなるとは考えていません。もっとずっと重要なのは、アメリカ以外の4カ国・地域の中央銀行─日本銀行、欧州中央銀行(ECB)、中国人民銀行、イングランド銀行─がどう反応するかという点です。

今後数カ月間、世界経済に最も大きな影響を与える中銀はどこかと問われれば、この4行だと私は答えます。このうち日本、EU、イギリスの3中銀は、FRBのように健全な景気循環のある経済に恵まれていませんし、中国の場合、非常にトリッキーな経済の転換に対応する必要に迫られている。金融政策に注目が集まるのはFRBより、この中銀4行でしょう。FRBの金融政策も世界の金融市場には影響を及ぼすでしょうが、世界経済に巨大なインパクトをもたらすことまではないはずです。

EU・中国・日本、本当のポイントはこれだ

EUやイギリス、日本では他の先進経済圏と同様、通貨政策に過度に依存してきています。これは中央銀行への依存が過度だったということであり、そのために中銀の金融政策の有効性は低下していて、この低下が最も著しいのが日本です。

実のところ日本では、日銀の非常にアクティブな諸政策にもかかわらず、期待に反した結果がいろいろ生まれており、特に外国為替市場ではそうした現象が目立ちます。これは日銀の政策が有効性を失い始めており、ひょっとすると逆効果さえ生んでいる可能性をも示唆しています。

日本でなされるべきは総合的な政策転換。日銀への過度な依存から、もっと包括的な政策対応への切り替えです。最も重要なのはアベノミクスの第三の矢、成長志向の経済改革の実行です。

一方、中国経済を見るときに非常に重要なのは中国が置かれている文脈です。中国は今、経済成長の戦略を転換すべき「中所得国の移行(middle-income transition)」という最も難しい時期にさしかかっています。過去60年、多くの途上国がこの段階で失敗し、「中所得国の罠」と呼ばれる低迷に陥っていきました。中所得国の移行に成功したのは4カ国だけで、そのいずれも中国ほど巨大でも複雑でもなかった。ブラジルのような大規模経済圏も何度か挑戦していますが、まだ成功していません。

しかも中国は、世界経済が弱っている中で、その難しい移行に取り組んでいます。さらに国内の一部の分野でバブルが発生していたという問題も抱えている。

このような点を考え合わせると、中国の成長が不安定であることは驚くに値しませんが、それは中国がハードランディングするという意味ではありません。中国は成長率5〜6%という線でソフトランディングし、過剰債務の問題に対処する時間はあるという見通しの方が適切でしょう。

ソフトランディングのために最も重要な政策は、輸出と外国投資への強い依存から段階的に脱却を続け、国内消費への依存へとシフトしていくことと、債務危機を避けるために国内の大規模な金融資産を活用できるようにすることです。

ヨーロッパの金融機関も3つの面で課題に直面しています。

第一に低金利やマイナス金利。古典的な仲介金融業務では収益を生み出すことが難しくなっています。第二は、成長率の高いエネルギー企業への融資を増やしたことなどが裏目に出て、ポートフォリオの一部が傷んでいること。第三に、CoCo債(*3)などのハイブリッド証券を発行してきて、その株式への転換において銀行が大きなストレスを受けること。第二、第三の課題が生まれた背景にはヨーロッパの経済全般の成長率が今なお低すぎることがあります。

ただ、事態はリーマン・ショックが起きた2008年当時とは違います。今回、ヨーロッパの銀行が対応を余儀なくされているのは金融システムの問題ではありません。課題を抱えている銀行も、問題に対処するための術を持っています。

「下からの変化」は日本でも始まっている

このように世界の現状を考えてくると、17年に投資家に求められるのは、慎重であること、もっと戦術的になること、中央銀行の政策に影響されすぎないよう留意することという3点です。

このうち中銀について補足すれば、市場の反応を非常に気にかけているのが各国の中銀です。中銀が経済に影響を与えるための最大の手段は金融資産の価格をコントロールすること。個人の消費を伸ばそう、企業の投資を増やそうと狙うときには金融資産の価格が上昇するよう、金融政策で誘導しますし、狙いが逆の場合も同様です。

問題は、今の中銀が市場の動きを気にしすぎるあまり、金融政策がファンダメンタルから乖離して不安定性が高まること。投資家は中銀ばかり見ていればいいというわけではありません。

一方、経営者に求められるのはイノベーティブであること、変化に向き合うこと。この変化には上からのものと下からのものがあり、上からの変化についてはすでに述べてきました。特に経済、金融、機関、政治という4つの次元における、これまでとは違う不確実性には経営者も否応なく直面させられています。

もうひとつ、下からの変化というのは、ビジネスで競合するライバルが突如、別世界から現れる点です。宿泊サービスを例にとれば、ホテルの運営や建設を手がけるヒルトンが世界で70万室を提供するまでに100年かかりました。しかし、宿泊サービス産業での経験を持たない、テクノロジー主導のスタートアップ企業であるAirbnbはホテルの運営にも建設にも携わることなく、100万室を6年で揃えた。これは「別世界からの破壊(disruptions from another world)」と私が呼んでいる現象です。

こうした破壊が起きているのは、非常に強力な4つの力が合わさりつつあるためです。力その1は、AIなどの技術的イノベーション。その2はビッグデータ。その3はテクノロジー面でのモビリティー。その4は、自分の人生についての決定権を強化しようとする個人のエンパワーメントです。
 
この4つの力は今、一体となっており、それは日本でも同じです。これまでとは違う不確実性に直面している。これまでの日本の強みは柔軟性と結束力でしたが、今後はこれに敏捷性を加えなくてはなりません。現在始まっている多面的イノベーションに対応するには、この3つの特性が不可欠です。

*1) ニュー・ノーマル
2008年の経済危機以降、低成長や異次元金融緩和が常態化される新しい秩序のこと。09年、米債券大手ピムコのモハメド・エラリアンCEO(当時)が提唱したことで有名に。

*2) T字路
各経済圏が低成長から脱却するべく、(1)成長率を高めて金融緩和を正常に戻すか、(2)スタグフレーションのような状況に陥るか、を迫られる「T字路的な二者択一の局面」のこと。

*3) CoCo債
偶発転換社債。株式と債券、双方の性格を持つハイブリッド証券の一種で、リーマン・ショック以降、欧州などの金融機関が自己資本増強のために発行している。

モハメド・エラリアン◎パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー(ピムコ)CEO兼Co-CIO(共同最高投資責任者)を経て、ピムコの親会社であるドイツ保険会社アリアンツの首席経済顧問。また、オバマ大統領のグローバル開発諮問会議議長、国際通貨基金の副局長やハーバード大学基金を運用するハーバード・マネジメント・カンパニーCEOなど数々の要職を務めた。4年連続でフォーリン・ポリシー誌により「世界的思想家トップ100人」に選出されている。