日産自動車「ノート e-POWER」

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2016年11月に発売された日産自動車「ノートe-POWER」は、ガソリンを動力として走る「ノート」と、電気を動力とする「リーフ」を合体させて作られた新しいハイブリッドカーだ。ノートe-POWERの発売後、2016年11月の車名別販売ランキングでは1万5784台を販売したノートが1位を獲得した。日産としては30年ぶりという快挙である。

ノートe-POWERはどのようにして生まれたのか? その背景を、日産自動車 日本商品企画部主管 谷内陽子さんへの取材と、日産社内で使われた企画書をヒントにして、ひもといていきたい。

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■「ノートe-POWER」の気になるポイント
・同じハイブリッドカーである、トヨタのプリウスやアクアとどう違う?
・ワンペダルドライブ(ブレーキをほぼ踏まずに運転できる)というインターフェイスの新しさ
・2016年11月の新車車名別販売台数1位(日産自動車としては30年ぶり)
・電気自動車リーフとの棲み分けはどうなる?
・177万円〜という戦略的な値付け

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■日産「ノートe-POWER」とは何か?

冒頭に書いた通り、e-POWERは日産の手持ちリソースを上手に組み合わせて作られたハイブリッドカーで、具体的にはノートのシャシーとエンジン、それに電気自動車リーフのモーターを組み合わせている。ベースとなった2代目(E12型)ノートは2012年デビュー。本来であればモデル末期でそろそろ代替わりという頃合いだ。

そこに新たなパワートレインを投入したこと自体が珍事である。パワートレインの刷新にはとてもお金がかかり、自動車メーカーとしては重大イベントになるだけに、そのデビューには然るべきモデルが選ばれ、華々しいキャンペーンが張られるのが常だ。ましてe-POWERの場合、そのパワートレインは日本初の新ハイブリッド・システムである。それだけの大事にあたって、モデル末期のシャシーで対応というのは相当にユニーク、いや、言葉を選ばずに言えば「変な戦略」である。

しかし、そういうことをすっ飛ばして、ノートe-POWERは売れている。一般社団法人日本自動車販売協会連合会による11月の車名別ランキングでなんと首位に輝いた。プリウスが年初から毎月首位を積み重ねて、あわや全勝優勝かという快進撃を続ける中、11月単月とは言え土を付けたのは大金星だと言える。日産車としては通称「トラッド・サニー」と呼ばれた6代目B12型以来、30年ぶりの快挙だ。

手持ちのリソースで30年ぶりのヒット商品ができた――国内戦略がほぼ空っぽだった日産がもう一度国内回帰するには、非常に有効なきっかけになる。ノートe-POWERにはそういう意義もある。

■プリウス・アクアとの違い

“ハイブリッドカー”と聞いて、多くの人がまず頭に描くのはトヨタのプリウスだろう。ノートe-POWERがプリウスと違うのは、タイヤを駆動するのはモーターだけで、エンジンが発電専用となっている点だ。つまり従来のノートで「唯一無二の動力源としてクルマの全ての走りをまかなってきた」HR12型エンジンは、発電動力としてしか使わない。こうした「エンジンは発電、モーターは駆動」という役割分担型ハイブリッドをシリーズ型と呼ぶ。ノートe-POWERは国内初のシリーズ型ハイブリッドとしてデビューした。

余談だが、プリウスのように「エンジンもモーターもタイヤを駆動する」タイプはパラレル型ハイブリッドと呼ぶ。日産は駆動をモーターのみにすることにこだわった。それはモーターがエンジンよりも素養が素直で、扱いやすく運転していて楽しいからだという。このモータードライブの新しい価値提案については後でじっくり深掘りしよう。

■ノートe-POWERの商品企画

さて、e-POWERのベースになぜノートが選ばれたのだろうか? つまり「ジュークe-POWER」でも、「マーチe-POWER」でもなく、ノートe-POWERになったのはなぜかを考えてみよう。

マーチ、ノート、キューブ、ジュークという日産の小型車ラインナップの中で、ノートは室内空間の広さを求めるユーザーへの訴求を目的に企画されたクルマだ。4台のキャラクターはそれぞれ異なり、マーチなら廉価を、ノートなら室内空間を、キューブとジュークはそれぞれ方向性は違えどデザイン性の高いキャラクター感を特徴とするスペシャリティカーになっている。つまりe-POWERの母体にノートが選ばれた背景には4人乗車という実用の想定があり、キャラクター性よりも、保守本流の小型車を作ろうという意思があったと考えられる。

現在、国内の小型車マーケットではリヤシートはほぼ緊急用という位置づけで、ノートの居住性の高さは常に一定の支持を受けてきた。ここ数年の推移で見ると、車名別ランキングの首位争いは、トヨタのプリウス&アクア、ホンダのフィットというハイブリッドカーの間で争われており、2015年の夏からこれに3列シートのトヨタ・シエンタが加わった。この間、ノートもずっと善戦しており、e-POWERが出る前にも、トップグループに続き5番手を定位置としてきた。もともと市場からの評価は高かったクルマである。結果が出てから振り返れば、ノートに「シリーズ型ハイブリッド」という新基軸を投入すれば、ヒットモデルになる可能性は少なからずあったのだ。

■電気自動車かハイブリッドか?

日産のエコカー戦略はこれまで、電気自動車のリーフ一本で展開されてきた。リーフは「スマートグリッド構想」に組み込まれたクルマで、原子力発電による夜間の安価な余剰電力を各家庭のガレージで電気自動車の大型バッテリーに充電し、それを動力としたり、家庭用電源にしたり、あるいは売電したりという、都市計画レベルの大がかりなインフラの一部を担うエポックメイキングな製品だった。

スマートグリッドにおいて、さまざまなメリットが享受できるはずだったリーフ。しかし、非常に運の悪いことに、発売3カ月で東日本大震災という未曾有の事態に直面し、原子力発電の先行きが見えない中で、販売はなかなか軌道に乗らなかった。しかしリーフを発売してみてわかったことがあった。それは、モーター動力のドライブフィールの気持ち良さへの市場の高い評価である。

e-POWERの場合、アクセルを踏むと加速、放すと回生ブレーキが効く。つまりワンペダルで加速も減速もできる。慣れれば、ほとんどブレーキペダルへ踏み替えずに運転できるようになる。これは運転メソッドの根本的改革だ。インターフェイスが従来の自動車と違う。大メーカーは通常こういうドラスティックな改革を嫌いそうなものだが、日産の場合、そもそもの目的にこの新しい運転メソッドの楽しさを訴求したいという気持ちがあった。つまり最初から「運転メソッドを変えない」という選択肢は無かったということになる。

そうした新しい価値の提案と共に、いきなり電気自動車へ移行するのはユーザーにとってハードルが高いということも、リーフを売ってみてよくわかった。e-POWERは従来のガソリン車と電気自動車の間にもう一段ステップを置くことにつながり、それは最終的に自動車の電動化を目指す日産の方針とも矛盾しない。つまり「リーフを諦めてノートe-POWERを出した」ではなく、日産は「ノートe-POWERによってリーフもまた活性化しよう」と目論んでいる。

■電気自動車リーフよりも前に、「部活動」で開発がスタート

しかし、課題もある。e-POWERを実現しようと思うと4つの壁があった。

1つ目は「電気自動車並みの静粛性実現の壁」。リーフですでに電気自動車の世界を知っている日産にとって、静粛性のスタンダードはすでに高い所にある。エンジンはうるさい。それをどうやって静かにするのか?

2つ目は「パワートレイン搭載の壁」だ。リーフにはエンジンはないし、通常のノートにはモーターがない。しかしe-POWERではエンジンもモーターも搭載する必要がある。これをどうやって解決するのか?

3つ目は「燃費 アクア越えの壁」。完璧なコンパクトカーを標榜する以上、このクラスのトップであるアクアを越えなくてはならない。

4つ目は「ワクワクする走り実現への壁」である。モーター駆動ならではのダイレクトでリニアな走行感覚をしっかり実現する必要があった。

e-POWERの正式な商品企画がスタートするよりはるか以前から、社内有志による先行開発がスタートしていた。そのスタートは2007年、リーフの発売より3年も前のことだ。これは社内で「部活動」と呼ばれる非公式な開発で、2014年にプロジェクトが正式にスタートした時には、e-POWERの基本的な枠組みはすでにこの部活動によってでき上がっていたという。それをベースにしながら、4つの壁への対策が施されていった。

■ノートe-POWER、4つの壁をどう乗り越えたか

1つ目。エンジンを広範囲で回そうとすると様々な周波数の振動が出て、ボディをシェイクして騒音が大きくなる。e-POWERでは、エンジンの回転範囲を主に2000rpmから2500rpmに狭めて使うことで、周波数を一定の範囲にまとめた。こうすることで騒音対策の範囲も限定することができる。例えば吸音材で音を吸収するにしても、周波数が決まっていれば対処しやすい。さらに、モーターはエンジンと比べれば無振動に近い。実際にe-POWERに乗ってみると、例えば床板の振動は段違いに少なく、クラスが2つくらい違う静粛性が実現されている。

2つ目。パワートレインの搭載は相当に苦労したらしい。ノートはエンジンひとつを積むことを前提に設計されており、そこにエンジンとモーターと回生発電機を積むのだから大変な話だ。しかもモーターもエンジンもシャシーも有り物なので、デザインし直すことはできない。救いはHR12型エンジンが横幅のコンパクトな3気筒エンジンであったことだ。これにより、エンジンとモーターを横並びに配置し、モーターの上にインバーターを設置することができた。3気筒の有利さを軸に、愚直に細かい調整を積み重ね、全てをエンジンルームに収めた。

3つ目。燃費でアクアを越えるのも苦労したものと思われる。これもおそらく3気筒エンジンがポイントになっている。4気筒に比べて、フリクションの少ない3気筒エンジンは低燃費である反面振動面で不利だ。しかし発電専用にすれば、上述の様に回転域を限定して使えるため、振動のネガが出にくい。そしてそれは同時にエネルギー効率の最も良いところだけを使ってエンジンを稼働させられるということでもある。アクアの場合エンジンのより広い範囲を使わなくてはならない上に、その結果振動を抑制するために4気筒を選んでいる。e-POWERはそこに勝機を見出したわけだ。

最後に4つ目だ。モータードライブの価値の提案。これこそが日産が提案したかったノートe-POWERの核心的価値だろう。モーターがエンジンと最も違うのは、モーターは静止していてもトルクを発生でき、しかもその時に最大値を発生する。そのトルクはフルに発揮させたらタイヤが煙を出すレベル。もちろん市販車をそんな仕立てにするわけにはいかないので、電子制御でトルクをコントロールしている。その精度は1万分の1秒だと日産は豪語する。逆に言えば、立ち上がりからの過剰な能力をエンジニアが刈り込んでいることであり、それは発進加速を人為的に理想の形にデザインできることを意味している。当然、気持ちの良い加速が可能になる。そしてこれこそが、リーフの顧客からフィードバックされたモータードライブのメリットである。

■アクア、デミオと戦うための戦略的な価格

日産は電気自動車の価値の未来形としてのスマートグリッドを堅持しつつ、e-POWERでは、クルマ本来の楽しみとしてのモータードライブを再提案した。それは気持ちの良い加速と、アクセルひとつでクルマを自在にコントロールできるワンペダルドライブである。

すべて有り物でまかなったとは言え、クルマの構成要素の中で最も高価な動力装置を2つ搭載すれば価格的にはどうしても高くなる。しかし先行するアクアとこのクラス唯一のディーゼルを搭載するデミオが170万円台で火花を散らしている以上、おのずとそこに価格を合わせなくてはならない。ノートe-POWERも最廉価モデルを約177万円としている。ただしアクアのシステムは先々代のプリウスのお古。とっくに開発費を回収し終えたユニットだからこそ安く投入出来ている。「これで採算が合うのか?」という問いに、日産の担当者は「とにかく数を売ることです」と答えた。

最後に公平を期すために、問題点も書いておく。ノートe-POWERには改善すべき点もある。ドライバーのポジションも改善の余地があるし、せっかく広々としたリヤの空間もリヤシートの背もたれの倒れ過ぎや座面の前上がり角の不足、さらにクッションの前端部のウレタン材の硬度不足で残念なことになっている。

しかし、リーフで切り拓いた「モーターの楽しさを伝えたい」という明るく前向きな目標が明確にある。そういう未来志向はとても気持ちよい。日産はこれからも「電動化」と「知能化」という2つの柱を軸に技術的チャレンジを続けていくと言う。今回の企画書を見てそれはとても応援したい気持ちになった。

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■次のページでは、日産自動車「ノート e-POWER」の商品企画書を掲載します。

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■日産自動車「ノート e-POWER」商品企画書

「これは、商品についての詳細がほぼ決まり、発売前に社内での商品理解を進めるために使ったものです。企画書を作るときのポイントとしては、シンプルにメッセージが伝わるように、ポイントを絞ってつくっています。技術的な説明をするパートでは、ベネフィット(利点)を伝えるときは必ずエビデンス(根拠)としてデータを付けています。また商品説明のパートでは、できるだけお客さまの言葉や価値で書くようにというのはいつも心掛けています。例えば『加速がいい』と単に書いたら、読んだ人は『それはなんのため?』と思いますよね。なので、『静か』ではなく『会話が弾んで笑顔になるクルマ』といったように、お客さま視点の言葉や表現になるようにしています。『ブレーキがよく効くよ』とか『運転がラクになるよ』などですね」(日産自動車 日本商品企画部主管 谷内陽子氏)

日産自動車「ノート e-POWER」商品企画書

(池田直渡=文)