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「芸術は本来、お金のために作られるべきものではない」という考えを持つ人も多く、映画監督のフランシス・フォード・コッポラは「新しい時代でアートは無料になる」という考えを述べています。現在では当然のように物書きは対価としての金銭を受け取りますが、書くことへの愛のために書くのではなく「お金のために書く」という歴史はいつから始まったのか、作家のコリン・ディケイさんがまとめています。

Cash for Words: A Brief History of Writing for Money | New Republic

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「言葉」に対する金銭を初めて要求したのは、古代ギリシャの詩人シモーニデースだと考えられています。シモーニデースが現れる前の詩人はパトロンとなる裕福な人々に対して、彼らの美点を褒めるような詩を書いたり、書き物の教師となることで住居や食べ物、名声などを保証してもらっていました。

しかし、シモーニデースはこのような慣習を変え、自らの詩に対価を要求しました。それゆえにシモーニデースは卓越した詩の才能を持ちながらも、当時から「ケチな守銭奴で何に対しても金を要求する」と評され、伝記作家に「シモーニデースが金を愛しているという事実を誰も否定しないだろう」と書かれるまでの人物となっています。

詩人であり古典作品を研究するアンネ・カーソン氏によると、シモーニデースの生きた時代はちょうど過渡期であり、「パトロンによる経済」と「金銭のやりとりによる経済」が両方存在していたとのこと。この2つは多くの点で対立しますが、シモーニデース以前の作家は両者を意図的に曖昧にさせたまま生活をしていました。そんな中、シモーニデースがはっきりと「詩の対価としてお金を要求する」という行動に出たために、彼は嫌悪と疑惑の目を向けられ、強欲な人物として見られるようになったわけです。

ただし、当然のことながらシモーニデースの口座の預金データなどはないので、実際の彼がどのような人物だったのかはほとんど知られていません。また、シモーニデース以外の詩人がお金に対して率直に書いても「強欲だ」と言われていないことから、カーソン氏はシモーニデースについての記述が「5世紀になって突如現れた貨幣経済に対する伝記上の比喩」である可能性も示唆しています。

いずれにせよ、シモーニデースの登場によって「お金のために詩を書く」というあり方が生まれました。するとすぐに、「お金は芸術を腐敗させるもの」と見られるようになり、詩人のピンダロスは「かつて、文芸の女神・ミューズは報酬目当てではなかった」と語っています。

このような嘆きは現在にも続いており、「人が食べるためのお金を得なければいけないのはわかるが、いつから全てがお金のためになったのだろうか?ロマンティックと呼ばれても、主たる所得を自分の出版した本に頼らないことは作家のためになるはずだ」と編集者のSameer Rahim氏は語っています。



by Christian Gonzalez

一方で、オンライン出版の台頭によって出版にかかる費用がほとんどなくなり、Rahim氏が嘆くようなような作家のあり方は終わろうとしています。「インターネットによってお金のためではなく書くことへの愛のために書くという考えが復活できる可能性がでてきたことは幸運です」とRahim氏。詩人のロバート・ハスも「書くことへの愛のために書く」ということに肯定的で、著作権のようなものが存在するのは「芸術作品が市場経済から距離を置くため」と見ており、アートの自然な姿はお金の関わらないところにあると考えていました。そしてお金のために書かなくなった作家は、ギフトによる経済に属するようになるとのこと。

上記のようなビジョンは一見するとユートピアのように見えます。しかし、社会学者のマルセル・モースによると、実際に存在する「ギフトによる経済」では、一方向のみのギフトはありえないとのこと。「ギフトによる経済」といってもその本質は循環経済であるためです。例えば北アメリカの先住民族が行う「ポトラッチ」という慣習では、裕福な家族が家に客を迎えて舞踊や歌唱がついた祝宴でもてなし、富の再配分が行われる「ギフトによる経済」の1つだと言われています。この慣習は一見すると一方からもう一方へ無料で贈り物が行われる利害関係のないもののように見えますが、実際のところ返礼の義務があり、返礼を怠ると社会的地位を失い、その後永久に恥をかくことになります。



by Maria Morri

また、作家が対価としてのお金を得ずに、自由に物を書くようになれば、書いたものはお金の影響を受けることなく、「書いたもの」と「お金」を簡単に分離できるように見えます。しかし、シモーニデースの存在は、お金と言語はこれらの想像よりも密接に関わり合っていることを示唆しているとのこと。

ある伝記作家は「シモーニデースは詩を作ることに『綿密な計算』を取り入れた初めての人物だと見られている」と表現しましたが、ここに書かれている「綿密な計算」にあたる単語「smikrologia」には「財政上の費用に最新の注意を払うこと」という意味とともに「言葉や正しい表現に細心の注意を払うこと」という意味を持ちます。また、帝政ローマ時代の歴史家であるハリカルナッソスのディオニュシオスは「シモーニデースの言葉の選択や、合わせる言葉の正確さを見ること」と著書の中で書いていますが、ここで使われている「akribeia」という言葉は「言葉の正確さ、的確さ」を意味するとともに「お金に対してけちであること」を意味します。

金銭の登場は古代の文化に根本的な影響を及ぼしましたが、シモーニデースはそれ以前からあった言葉とお金の間にある潜在的な類似関係を明らかにしたに過ぎない、とディケイさんは語りました。