自らも選手としてピッチに立つ高原。練習試合の浦和戦では、1ゴールをマークし、健在をアピールした。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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 2015年12月7日に沖縄SVの代表就任並びに監督兼選手を務めると発表した元日本代表・高原直泰は、以降、沖縄県うるま市に拠点を移し活動を続けてきた。「選手をやりながら、残りの人生でチャレンジできることをしたい」という想いで始めた新たな挑戦だったが、県3部リーグで迎えた初年度は苦難の連続だった。
 
 特に高原を悩ませたのは選手のレベルだ。東京Vなどで活躍したDF森勇介、MF飯尾一慶、MF西紀寛(2016年限りで引退)というかつてのチームメイトや同郷の元富山DFの池端陽介、盛岡を退団した若手MFの松本圭介がクラブに加わったが、それ以外はセレクションなどで声を掛けたアマチュア選手だ。当然選手間のレベルの差は大きく、昨季の始動日に練習参加したのも10名前後しかいなかった。
 
 その状況にコーチを兼任する森も、「本当にこれでサッカーチームができるのかなと思った。(本当の意味で)サッカーをしたことがあるのかなというメンバーばかりで、すごく不安だった」と、レベルの低さに驚きを隠せなかったと明かす。そのため、リーグ戦では高原がボランチに入ることも少なくなかった。
 
 しかし、弱音を吐いてはいられない。高原はチームの屋台骨を作り上げるべく、積極的に三足のわらじに挑んだ。午前中は選手兼任監督としてチームを指導。「J経験者の選手たちはプレーヤーとしての存在だけでなく、(他の)選手の見本になる。そこが自分ひとりだけでは大変だったが、経験のある彼らがいたことですごく助かった」と本人が言うように、元Jリーガーたちのサポートも受けながら、若手にサッカーのイロハを叩き込んでいった。
 
 そして、午後はクラブの代表として様々な人と面会。チームを運営するためのスポンサーや協力者集めに奔走した。その一方でアマチュア選手の生活環境を整える作業にも着手。他で生計を立てる若手の生活拠点として寮を整備し、サッカーに打ち込める場所を提供した。 練習場も自前のグラウンドこそ持ち合わせていないが、定期的に使える所を確保。高原は1年間をかけて県3部リーグとは思えない環境を整えた。
 
 その点に関して選手たちは感謝の気持ちを口にする。山梨学院高出身で選手権出場の経験を持ち、現在は居酒屋のアルバイトで生計を立てながらクラブに所属するFW木下伶耶は、「県リーグ3部なのに、高原さんのお陰で僕たちは得をしている。すごく助かっているからこそ、上に行くしかない」と語り、高原の行動力がクラブの早期発展に繋がっていると明かした。
 
自らの時間を削って動いた結果、昨季は県3部リーグ北地区を、9試合で123得点・1失点という圧倒的な強さで制覇。全国社会人サッカー選手権大会九州予選を兼ねた九州社会人サッカー選手権大会沖縄県予選でも優勝を手にした。さらに九州大会を突破して挑んだ本大会では1回戦でアミティエSC京都に1-3で敗れたが、1年目としてはまずまずの結果を残したと言えるだろう。
 
 迎えた2年目。高原が今年の目標に掲げるのが天皇杯出場と、全国社会人サッカー選手権大会で全国地域サッカーチャンピオンズリーグ出場権を掴み、そこを勝ち抜いてのJFL昇格だ。特にJ3の1つ下に位置するJFLへの昇格はクラブにとっての悲願。そのためにはチーム力アップが求められる。
 
 ただ、昨季の全国社会人サッカー選手権大会で痛感したレベルの差を埋めるのは簡単ではない。今年は8〜10名の新戦力が沖縄の地にやってくる予定だが、沖縄県はシーズンに入ると練習試合ができる相手が限られるという問題を抱える。
 
「沖縄にいると困るのが試合相手。(県外の相手となかなか対戦できず)高いレベルでの経験を体感させてもらえないのが一番の問題点。自分たちは昨年、全国大会に行ったけど、そこで当たるような相手との試合数が足りなさすぎる」と高原が悩んだように、昨季もリーグ戦の9試合と各種トーナメント戦以外に実戦の場をほとんど踏めず、思うような強化を図れなかった。