第93回箱根駅伝優勝記者会見での青山学院大学・原晋監督(中西祐介/アフロスポーツ)

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●スポーツの世界と、企業経営の世界

 今年の箱根駅伝で3年連続優勝とともに大学駅伝の3冠を達成した青山学院大学の原晋監督、そしてプロ野球・北海道日本ハムファイターズの監督として昨年日本一に輝いた栗山英樹監督。今、日本のスポーツ界で最も注目を浴びている監督といえば、この2人ではないだろうか。この2人の監督はともに、それまでの業界の常識とされてきた人材育成や戦い方を捨てて、自分なりの新しいやり方を実践してきた。また、20〜30代前半のいわゆるミレニアル世代と呼ばれている若者たちと向き合い、信頼関係を築くことに成功している。

 企業の経営をしていく上で、スポーツの世界から学べる点は多い。スポーツの世界での監督と選手の関係性は、企業でいう経営者と従業員のようなものだ。スポーツの世界は、企業の経営よりも短期間で結果を出すことが強く求められる。結果が出れば賞賛されるが、出なければサヨナラという厳しい実力主義の世界だ。

 また、主力選手のほとんどは20〜30代前半で構成されている。企業でいえば新入社員から部下を持ち始めた中堅社員に当たるが、この年代はそれまでの世代と働く価値観が異なっており、どうすればこの世代のモチベーションを向上させ、能力を発揮させることができるか悩んでいる企業も多いのではないだろうか。このあたりの手掛かりを見つけるために、原監督と栗山監督の2人の名将が、日頃どのように選手たちと付き合い、成果へとつなげているか観察していこう。

●名選手、名監督にあらず

 まずは、2人の経歴をざっとみていく。結論からいうと、読売ジャイアンツの長嶋茂雄元監督や早稲田大学駅伝チームの渡辺康幸元監督のように往年の名選手であったかというと、お世辞にもそうとはいえない。原監督は中国電力という社会人の実業団チームに所属したが、結果を出すことができず、入社5年目で競技生活から引退。その後は、中国電力の営業マンとして陸上とは無縁の生活を送っていたが、約10年後に青山学院大学の駅伝監督に就任した。

 対して、日本ハムの栗山監督も、プロ野球選手としてヤクルトスワローズに入団したが、同じように結果を出すことができず7年目には退団。その後、長年にわたってプロ野球の解説者やスポーツキャスター、大学教授等をしており、プロ野球チームのコーチ経験などを経ず、日本ハムの監督に就任した。

●過去の成功体験からの解放

 両氏とも、監督就任当初は選手としての実績がないのに大丈夫かと不安視する声があったが、名選手ではなかったからこそ、それまでの業界の型にとらわれない独自のマネジメント手法で選手を育成・活用し、結果を出すことができた。名選手の場合、どうしても若かりし頃の自分を投影し、同じようなトレーニングや戦い方を採り入れる傾向がある。

 この2人の監督の場合は、そういった名選手としての成功体験がないからこそ、過去の自分ではなく、今、目の前にいる選手の目線や気持ちに立つと同時に、新しいトレーニング方法や戦術も積極的に採り入れることができた。

 これは企業でもよく見受けられる現象だ。プレーヤーとして卓越した成果を出してきた営業担当者がマネージャーになった際に、自分と同じような営業スタイルをメンバーに強要し、結果が出ずに苦労してしまう構図と似ている。誰しも、過去の勝ちパターンがある場合にそのやり方を頼りたくなるのは当然の心理だろう。ただしその場合、隠れた前提条件を意識しなければならない。過去に成功した場合と今を比較し、「顧客ニーズはどうか?」「競合環境はどうか?」「テクノロジーは?」「法規制は?」など、ビジネスを取り巻く外部環境を冷静に見た上で、勝ちパターンをどこまで信用して使っていくかを判断しなければならない。

●原監督のフラットな人材育成
 
 では、そろそろ原監督のマネジメント術を見ていこう。原監督がこれまでの駅伝監督と異なるのは、今の若者の性格や価値観を踏まえつつ、監督が担う役割、選手が果たす役割を大きく変えたことにある。これまでは、というより、原監督以外の大学では今でも大半がそうであるが、日常のトレーニング方法や、門限などの日常生活を送る上での細かいルールも監督が決めて指示し、選手はそれに従うというやり方が一般的だ。

 原監督のスタイルは、それとはかなり対極的だ。選手が自分の頭で考え、その上で自己管理することを徹底している。まず、基本的に自分がどのレベルの走力を目指すか、年単位・月単位の目標を選手自身に考えさせ、発表させる。それに対して、他の選手が「お前ならもっと高い目標を目指せるんじゃないか?」と意見を言い合い、各自の目標が決まる。

 目標を設定した後のトレーニングについてもそうだ。1週間のうち、1日がオフで6日は練習だが、このうち半分の3日間は全体練習として原監督がメニューを決め、残り半分の3日間は、各自が設定した目標や出場予定のレース、コンディションに合わせてトレーニングを決めていく。全体練習は、能力に応じた設定タイムで走るといったベーシックなものが多いため、各自で実施する3日間の練習が、その選手の成長を大きく左右するそうだ。

 もちろん、原監督が何もしないわけではない。選手から相談を受ければしっかりと応える。ただし、ここでの原監督らしいポイントは、選手が自分なりに考えた案を持ってきた上で相談に乗るという点だ。例えば、ある選手が「足が痛いです」と言ってきただけでは、原監督の答えは、「それで?」だ。「足が痛いです」は相談ではなく、単なる報告に過ぎない。「足が痛く、受診をしてきましたが、治るまでに1カ月程度かかりそうです。治る期間を少しでも早めるためにAという治療をしつつ、また、その間にできるトレーニングとしてBとCをしようと考えているのですが、監督これでいいでしょうか?」と言うのが、原監督が選手に求める相談だ。

 原監督がこのように、従来の上下関係で選手を管理することをせず、選手自身で考えさせることを重視するのは、それが勝ち続ける組織を実現する上で近道となるからだ。監督の指示に従わせるやり方は一見すると効率が良さそうだが、選手の考える力が育たない。また、その監督がいなくなった瞬間にチームが機能しなくなり、勝ち続けられる強い組織にならない。さらに、そもそも今の20代は、明確な上下関係よりも、フラットなコミュニケーションに慣れており、その状態が本人たちのモチベーションを高め、ポテンシャルを最大化することにつながる。

 これは、企業で働いている20〜30代前半の若者との関わり方においても同様だろう。先が読めず正解のないこの時代には、年齢や経験に関係なく、早い時期から自分の頭で考えさせ、答えを探し出させる姿勢を育むことが必要だ。監督に当たる経営者やマネージャーは、組織が何を目指すか大きな方向性は示しつつも、それを実現するための具体的な方法については若者に委ね、あとは要所要所でのサポートをするような関係が有効だろう。
 
 栗山監督の手腕については、次回の後編で詳述するとしよう。
(文=村澤典知/インテグレート執行役員、itgコンサルティング 執行役員)