米国、難民・渡航者入国制限大統領令による波紋広がる(AP/アフロ)

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 1月20日、トランプ米大統領の就任とともに、米国政府は大統領令を通して、次々に新しい政策を発表している。大統領令とは、大統領が議会の承認、立法プロセスを経ることなく直接、連邦政府や軍隊に発する命令だ。米国の憲法では大統領令に関する明確な規定はなく、法律と同じような効力を持つとされている。この定義に従うと、連日のようにトランプ大統領は法律相当の効力を持つ命令を出している。

 大統領令の内容は多岐にわたる。エネルギー資源の開発やパイプラインの建設促進、その建設には米国製の製品を使うこと、インフラ開発の促進、メキシコとの国境に壁を建設すること、TPP(環太平洋経済連携協定)離脱。そして、シリアなどの難民受け入れを120日凍結し、中東・アフリカの7カ国にビザの発給を90日間凍結するなど、前代未聞の対外強硬姿勢を打ち出す命令も含まれる。

 こうしたトランプ政権の取り組みには、さまざまな意見がある。冷静に考えると、米国の保護主義重視は、世界経済に軋轢をもたらす。同時に現在、世界経済の成長期待は高まりづらい。低賃金への不満などから、欧州などでも米国同様の政治が進みやすい。トランプ大統領の政策が、他国の政治、世界経済にどう影響するかには、注意が必要だ。

●唯我独尊のトランプ政権への不安
 
 トランプ政権の特徴は、保護主義政策を重視し対外強硬姿勢が顕著なことだ。保護主義政策とは、政府が産業の保護や輸出の増加を進め、経済成長を目指すことをいう。政府が意図的に輸出を伸ばそうとすれば、輸出への補助金や通貨の切り下げなどが導入される可能性がある。その分、ほかの国にしわ寄せがいき、世界全体での貿易取引は停滞に向かうだろう。そのため、G20などの場で主要国は保護主義政策を回避することに合意してきた。

 この常識に反し、トランプ政権は米国の利益を守ることしか考えていない。就任直後の大統領支持率は、史上最低の45%だった。トランプ氏の脳裏には、有権者の支持を高めるには、より強力に“米国第一”を主張するしかないという、焦りがあるのかもしれない。

 強硬な保護主義政策を受け、米国と他国の関係は冷え込み始めた。国境に壁を建設するとの大統領令への署名を受け、ペニャニエト・メキシコ大統領はトランプ大統領との会談を中止した。その後、両大統領は電話で会談し、公式の場で壁の話をしないことなどを合意した。しかし、基本的な構図に変わりはなく、トランプ政権はメキシコに通商条約の見直しなどを求める方針だ。

 そして、中東諸国に対するビザ発給の一時停止は、かなりの衝撃を国際社会に与えた。この大統領令を受けて、イラン政府は米国に侮辱されたと非難し、報復措置を検討している。米国内でも、「大統領令は違憲であり司法の判断にかけるべき」との声が出ている。

 トランプ氏は、強硬な姿勢で交渉に臨めば、有利な条件を引き出せると考えているようだ。企業間の交渉なら、ある程度、通用するかもしれない。しかし、最終的には双方の経済的なメリットがあるかどうかが重要だ。リスペクトを欠くだけでなく、一方的に米国の利益を押し付けるのでは、相手が反発するのは当然だ。基本的な外交マナーを踏まえられていないことを見ると、先行きへの不安はどうしても高まる。

●EUから離れて米国にすり寄る英国
 
 一方、懸念の多い米国にすり寄ろうとする国もある。それが英国だ。1月17日、英国のメイ首相は英国がEU離脱(ブレグジット)を進める際、単一市場からも離脱することを表明した。その上で、メイ首相はEU、およびそれ以外の国と包括的な自由貿易協定(FTA)を締結し“世界に開かれた英国”を目指そうとしている。

 1月27日、その手始めに、メイ首相は米国を訪問して首脳会談を行った。あえて首脳会談の成果を挙げるとすれば、北大西洋条約機構(NATO)へのコミットメントが重要である点が双方で確認されたことくらいだろう。それ以上に、英国には、今後の米国との関係強化が欠かせない。できるなら、米国が保護主義政策を進めるなかで、歴代の首脳が確認し合ってきた“特別な関係”を再認識し合い、自国第一の政策のおこぼれに与りたいとの思惑がうかがえる。

 ブレグジットに関して、EUは一切の譲歩を行わないことを表明している。メイ首相は、離脱後も英国の企業が最大限、EUの単一市場にアクセスできるようにすると主張している。これは口で言うほど簡単なことではない。EUは人の自由な移動を認めることが、単一市場アクセスの条件としている。それよりも、英国は国境の管理と、司法権の確保を優先した。

 この段階で、両者の溝が埋まることは想定しづらい。離脱交渉が所定の2年間で妥結するかは不透明だ。そして、EUと通商交渉を結び直し、EU加盟各国の議会承認を得る必要がある。最終的に英国のEU離脱が完了し、新しい通商条約がまとまるには、最低10年はかかるかもしれない。その点でブレグジットは、まさに“ハード”だ。

 これまで、メイ首相は具体的な離脱交渉の内容、その後のロードマップを示してこなかった。そのなかで、単一市場からの離脱を表明すること自体、無責任との見方が出てもおかしくはない。先行きの経済への懸念も高まりやすい。そこで、首相はグローバル化を批判することで大統領の座を射止めたトランプ大統領に近づき、英国に有利な条件が確保できるよう、地ならしをしておこうと考えたのだろう。

●保護主義政策の世界的な伝染リスク
 
 今後、世界経済は主要国の政治に翻弄されていくだろう。米国の保護主義政策への報復措置が増えたり、米英のように自国優先の政治が進むと、徐々にグローバル経済の分裂と低迷懸念が高まる。特に、フランスの大統領選挙の結果次第で、大陸欧州各国にEU離脱と保護主義政策を求める世論が伝染する恐れがある。

 フランス大統領選挙のリスクは、まさかのル・ペン氏の当選だ。同氏は、筋金入りの極右思想の持ち主であり、フランスのネイティブな国民の利益を重視し、EUからは離脱すべきと主張している。ル・ペン氏は、特定陣営の支持を受けない大統領候補であるマクロン前経済相が英語で演説したことを「フランス語を軽視している」と批判するほどだ。

 直近の世論調査では、大統領選挙は第1回目の投票では決着がつかず、決選投票にもつれ込むと見られている。そして、第1回目の投票ではル・ペン氏に票が流れ、決選投票では、ル・ペン氏とともに残った右派のフィヨン元首相、あるいはマクロン前経済相が勝つとの見方が多い。ただ、英国の国民投票や米国大統領選挙を見る限り、世論調査が正しいとは限らない。

 それだけに、ル・ペン氏の当選は無視できる確率だ、と決め打ちすべきではない。すでに、トランプ政権が保護主義政策を進めるなか、フランスの金利には上昇圧力がかかっている。これは、市場参加者がル・ペン氏に票が流れ、フランスの政治が米英のような、自国の利益だけを重視した、近視眼的なものにならないか懸念し始めたことを示している。目先の有権者の支持を確保するためには、米国同様、財政支出の増大、国債増発は避けられないだろう。

 世界経済全体を通して、需要は供給を下回り、多くの人々は低賃金の環境に不満を感じている。それが、目先の大衆の利益を重視した“ポピュリズム政治”、保護主義政策の温床だ。短期間で需要の回復が見込みづらい環境下、米国の保護主義が欧州に伝染し、世界経済の先行き不透明感、低迷懸念は高まりやすくなっている。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)