横浜FCとの練習試合で兄弟対決が実現!

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 この時期、数多くのJリーグチームが鹿児島へキャンプに訪れ、本番への準備をスタートさせている。
 
 我々も、奄美・指宿キャンプで広島、柏、横浜FCとJ1、J2との練習試合を組み、指宿キャンプ明けには市内でニューイヤーカップ鹿児島ラウンドを3試合戦う。磐田、熊本、北九州を相手に、カップを懸けた試合が行なわれる。
 
 鹿児島はこのキャンプ地誘致のために何年も努力をし、今ではJリーグクラブにとって鹿児島でキャンプができることは大きなステイタスであり、簡単ではないのである。
 
 僕も2005年から2009年の5年間、この1月の終わりから2月の始めにかけて清水と磐田のトレーニングキャンプを取材、視察に訪れていたという経験がある。
 
 我が地元、静岡のチームが鹿児島を拠点にしてシーズンをスタートさせていたことから縁を感じてしまうが、鹿児島の人は情熱もあり、サッカーが好きだ。そして他県から来た僕たち、取材陣に対しても本当に温かく受け入れてくれたのを覚えている。
 
 そんなJリーグとつながりの深かった鹿児島に、2016年シーズンからJリーグクラブが参戦したのである。それが我々のクラブ、鹿児島ユナイテッドFCだ。
 
 それまでの、シーズン前キャンプの拠点という位置づけから、地元に根ざしたJリーグクラブの誕生という本当に魅力のあるストーリーが、昨年からスタートされたのだ。
 
 ところが、キャンプでJリーグクラブが使うグラウンド施設を横目に、我々のチームには専用の練習場(施設)がまだない。
 
 人に貸すグラウンドは鹿児島県内、市内にもたくさんあるのだが、地元クラブは場所を変え、時間を変え、予約を入れてグラウンドを確保する。
 
 社長がGMが強化部長が、必死になって頭を下げてなんとか確保していく。1か月単位で練習場を押さえていくのである。鹿児島に入り、痛感したひとつのジレンマでもある。
 
 どんなことが起こっているのであろうか?
 
 それを理解するうえで、象徴的なニュースがテレビから流れていた。30日、清水エスパルスが鹿児島入りし、「キャンプイン」と放送されていた。なんと12回目(12年連続)だという。
 
 こうした事実からも分かるように、今のユナイテッドとエスパルス、あるいは他の既存Jクラブでは、鹿児島におけるJリーグクラブとしての歴史、知名度、認識度に明らかな差があるのは否めない。
 柏が行なった指宿キャンプ、いわさき観光ホテル内の練習場は、1997年の6月にヴェルディ川崎のキャンプで、僕も選手として訪れたことがある。それから日本代表、名古屋グランパス、浦和レッズなど、その時々のビッグチームが利用している。
 
 先日、柏との練習試合で20年ぶりにその地を訪れたが、他所から来た僕にとってはピッチ状態も素晴らしく、イレギュラーすることのないピッチを何面か揃え、「何故? 地元チームなのに……」と一瞬感じてしまうほど、我々との差を感じてしまうのである。
 
 しかし、よく考えれば分かるものだ。鹿児島をキャンプ地としてきたクラブとの歴史の差は大きい。生まれて3歳のユナイテッドにとって、奄美も指宿もこの生まれたばかりの我々に、最高の環境をと用意してくれ、おもてなしをしてくれているのだ。
 
 単純に目に見えるものだけで、客観的に考えてはいけないのである。つまり、今は専用グラウンドがなくとも、今は固く、冬なのに夏芝で、いわさきホテルのようなグラウンドではなくとも、我々にとっては「産みの苦しみ」であり、充分過ぎるキャンプなのである。
 
 比較は他クラブではなく自分たちであり、横軸で物事を考えるのではなく、(自分たちを基準とした)縦軸で考えれば、我々は恵まれていると言える。その都度グラウンドをジプシーのように変えても、整備された芝生を年間60パーセントの割合で借りられ、J3リーグで闘える最低限の環境を整えているのだから。
          
 そして、皆が努力、協力しあっているのが伝わるクラブであれば、ユナイテッドのためにと、さらに人や組織が動き出してくれるのではないかと思える。
 
 キャンプは順調に進み一日一日が勝負の日となり、チーム力も伸びているが、良いチーム、強いチーム、勝つチームを創るのはそう簡単なことではない。
 
 ただ、誰もが勝たせているのは「自分だ」と思うのと同じように、勝てなかった時も「自分のせいだ」と思えるか。自分の仕事ぶりがチームの勝敗に関わる……と、そんなふうに思える集団になれば、いつの日かユナイテッドを中心に鹿児島のサッカーがより前に動き出すのであろう。
 
 僕の役割と責任を強く感じ、「鹿児島の為にと」強く意欲が湧いてくる。
 
2017年1月31日
三浦泰年