by Lux & Jourik

近年は美術館やギャラリーの多くで「白い天井・白い壁の空間に余裕を持って作品が展示される」という方法が取られていますが、「美術館」という施設が作られるようになった当初は、実は壁一面に作品がびっしりと展示されていました。白い展示空間は「ホワイト・キューブ(白い立方体)」と呼ばれていますが、なぜこの展示方法が現在の主流となっているのか、芸術情報サイトのArtsyが明かしています。

How the White Cube Came to Dominate the Art World

https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-white-cube-dominate-art

1759年に大英博物館が、1793年にルーブル美術館が開館するなど、現在まで続く美術館の多くは18世紀ごろから作られるようになりました。しかし、当時の作品の展示方法は現在とは異なり、一つの空間に作品がびっちりと並べられるというものでした。これは床から天井までぎっちりとアート作品を敷き詰めるパリのサロンの影響であり、この方が来訪者が作品を比べやすいと考えられていたのです。



上記のような美術館の存在はアーティストたちのあこがれとなりましたが、それだけでなく、多くの観客を魅了しました。1857年には、ヴィクトリア&アルバート博物館の前身であるサウスケンジントン博物館の来場者は年間45万6000人にも上り、1870年代には年間100万人以上の来訪者を記録しています。そして、美術館の人気に伴い展示の作品数が増加したことで、「人も作品も多すぎる」ということが問題となりました。

タフツ大学の美術史の教授であるアンドリュー・マクレラン氏によると、19世紀後半から、混雑を避けるためにアート作品を離して展示すべきだ、という意見が見られたとのこと。たくさんの作品を一箇所に展示することは、一つの作品をじっくりと鑑賞することの妨げになるという批判もありました。

これらの批判を受け、ロンドンのナショナル・ギャラリーは作品を展示する位置についての実験を開始。それまで美術館の来場者は高い場所にある作品を見るために首を伸ばしたり、低い位置の作品を見るためにしゃがみ込んだりする必要がありましたが、ナショナル・ギャラリーでは作品を目の高さに展示するようにしました。すると、今度は壁に展示される作品数が減ることで「余白」にあたる部分が生まれ、「壁の色」が重要視されるようになったのです。

そこで、ナショナル・ギャラリーは灰色がかったグリーンの壁を赤に塗り替えました。当時の感覚生理学では、赤い壁が寒色をメインとした絵画と金色の額縁と合わさることで、観客に調和の取れた印象を与えると考えられていたためです。



しかし、一つの空間に展示する作品数を減らすことの影響は、壁の色という問題だけに留まりませんでした。美術館が建てられた当初は「作品は壁に飾るもの」という前提があったために、壁以外に作品の展示場所がありませんでした。しかし、一つの壁に展示する作品を制限すると、当然、美術館内に飾ることができない作品が出てきます。当時はプロの学芸員が美術館にいなかったので、「展示する絵」「展示せずに保管する絵」を決める人がいないという問題が浮上。そして「美術館が混雑しすぎるという問題」から「学芸員」という職業が作り出されたわけです。

上記のような問題はもともとヨーロッパで起こりましたが、後にアメリカでも同様の問題が指摘されるようになります。ボストン美術館は1909年に移転しましたが、この時、最も価値の高い作品だけが展示され、残りは学者だけがアクセスできる地下のスペースで保存されることが決定されました。そして、人々が訪れることができる展示スペースでは、作品は床から天井までびっしりと貼られるのではなく、「左右対照になる形で、多くても2列まで」と制限され、十分な空間を開けて展示されたとのこと。このほかにも、ライティングの問題など、作品の理解を高めるためにさまざまな議論が行われたそうです。



一方、ドイツでも美術館の展示方法の改良は進み、ナチス・ドイツが国を治めた1930年代には、美術館の壁において「白」が標準色とされるようになります。ナチス・ドイツは白を純粋な色として用いていたためです。イギリスやフランスの美術館で白が取り入れられるようになるのは第2次世界大戦後なので、「白い壁」を発明したのはナチス・ドイツだと言われることもあるとのこと。

上記の様な形で、アメリカとドイツでの作品の展示方法が改良され、現在のホワイトキューブへと近づいていったわけですが、最終的にホワイトキューブという戦略を固めたのはニューヨーク近代美術館(MoMA)の初代ディレクターであるアルフレッド・バー氏だと言われています。時期を同じくしてハーバード大学美術館やワズウォース・アシニウム美術館などでもホワイトキューブのアプローチが取られていましたが、MoMAはこれらのアプローチを制度化し基準の公表を促進したとのこと。

そして1936年、MoMAが「Cubism and Abstract Art(キュビズムと抽象芸術)」という展示を行ったことで、ホワイトキューブという展示方法が確立。Cubism and Abstract Artでは天井や壁が白く塗られ、作品を照らすライトも簡易化されました。床は剥きだしの木板が使われ、作品数は控えめで、一つの壁に一つの作品だけが飾られることも。バー氏はそれぞれの作品の視覚的なインパクトを出すことを求めており、政治的あるいは社会的な背景はすべて無視され、ひらすらにこれまでの美術史の流れをくむことで、アート作品をより力のある形で展示することに成功しました。



現在のMoMAの建物は1939年にマンハッタンのミッドタウン53丁目にオープンしましたが、上記のようなデザインの流れを完璧にくんでいます。建物はそれ自体が強い主張をすることなく、入り口はデパートのようなガラスの扉で、中には「作品」にフォーカスを当てられたギャラリーが並んでいます。

19世紀に建てられた美術館は作品を展示するための広い空間を作ることを重視しすぎており、アート作品を鑑賞するのに理想的なコンディションを作ることを十分に考えていなかった、とマクレラン氏。ホワイトキューブの歴史はモダンアートによって確立されましたが、21世紀に入ってモダンアートの時代から移り変わろうしている現在でも使われ続けており、アートの世界に与えた影響は一つの様式に留まらないほど大きかったと言えるわけです。