ジュビロ磐田に移籍したMF中村俊輔だけでなく、今冬のストーブリーグで横浜F・マリノスに起きた出来事は、まさに緊急事態とも呼べるものだった。

 DF小林祐三(→サガン鳥栖)、MF兵藤慎剛(→北海道コンサドーレ札幌)、GK榎本哲也(→浦和レッズ)、DFファビオ(→ガンバ大阪)。長年主力として活躍してきた選手たちがこぞって新天地を求めた。

 年俸の高騰、指揮官との確執、ドラスティックな世代交代......。その背景に何があったのか、筆者はこの件を取材していないため、その事実を断定できない。それでも、この状況が決してノーマルなことではないことはうかがい知れるものである。

 崩壊の序章か、それとも前向きな改革か――。1月24日から行なわれた「2017Jリーグアジアチャレンジinタイ」は、その行方を知り得る絶好の機会となった。

 鹿島アントラーズとともに「Jリーグ代表」としてこの大会に参加した横浜FMは、バンコク・ユナイテッド、スパンブリーFCというタイの2チーム相手に2連勝。同じ相手と対戦し、1勝1敗に終わった鹿島を上回る結果を手にし、まずは上々のスタートを切った。

 勝利の原動力となったのは、若手の積極性だ。昨季まで出場機会に恵まれなかった若きタレントたちが、主力のいなくなったこの状況を好機ととらえ、それぞれが自らの存在をアピールしようと前向きな姿勢を示した。なかでも目立っていたのが、3年目のFW富樫敬真だ。初戦のバンコク・U戦では1得点・1アシスト、続くスパンブリー戦でも途中出場からゴールを奪い、レギュラー奪取へのアピールに成功した。

「今、FWにケガ人が多いなかで、自分が点を獲るしかないと思っていました。結果を残したいと考えていたので、最低限の結果を残せたことはよかったと思います」

 昨季、ブレイクの予感を漂わせながらも、結果的に18試合の出場にとどまった23歳のストライカーには、すでに「自分が結果を出す」という自覚が備わっているようだった。

 富樫だけではない。積極果敢なドリブルでリズムを生み出した19歳のアタッカーMF遠藤渓太は、スパンブリー戦で2ゴール。20歳のMF中島賢星は2列目とボランチのふたつのポジションに対応し、ゴールという結果も手にした。FC町田ゼルビアでの武者修行を経て復帰した24歳のFW仲川輝人も、裏への鋭い飛び出しと冷静なフィニッシュワークで、1得点と結果を出した。

 特筆すべきは、スパンブリー戦で途中出場したMF山田康太の存在だ。ユース所属ながらこの遠征に参加した小柄なアタッカーは、後半からトップ下としてピッチに立つと、キレのあるドリブルと鋭いスルーパスで次々に好機を演出。遠藤の2点目を演出するだけでなく、終了間際には自らダメ押しゴールを奪っている。

「今季はフレッシュな選手が増えて、エネルギッシュにやれていると思います」

 富樫の言葉を借りるまでもなく、この2試合で横浜FMが披露したサッカーには、確かな勢いが備わっていた。その精度には、若さゆえの改善の余地がまだあるものの、「ゴールを奪う」という本質をシンプルに体現した積極的なサッカーは、素直に好感が持てるものだった。

 若手だけでなく、新加入選手たちも可能性を感じさせていた。今季、横浜FMに加入した即戦力のフィールドプレーヤーは、1月29日時点でFWウーゴ・ヴィエイラ(前レッドスター・ベオグラード)、MF扇原貴宏(前名古屋グランパス)、DF松原健(前アルビレックス新潟)、DF山中亮輔(前柏レイソル)の4人。ウーゴ・ヴィエイラがピッチに立つことはなかったが、日本人選手3人は、それぞれが出場機会を得た。

 なかでも存在感を示したのは扇原だ。初戦のバンコク・U戦では後半からピッチに立って2ゴールを演出し、スパンブリー戦でも卓越したパスワークで好機を創出した。ドリブラータイプが多い横浜FMにとって、この左利きの司令塔は、リズムを作り出すうえで貴重な存在となるだろう。

 今回のタイ遠征を、エリク・モンバエルツ監督は次のように評価している。

「チームとしての一体感を得ること、新戦力を溶け込ませていくこと。この2点で非常にいいキャンプとなりました。若い選手たちがチームの約束事を守ろうとしてくれたこと、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたこと、インテリジェンス溢れるプレーをしてくれたことを称えたいと思います」

 中村俊輔という絶対的な存在がいなくなったなか、横浜FMは野心を持った若きタレントたちにより、新たなチーム像を作り出そうとしている。数少ない昨季の主力であるMF中町公祐も、その手応えを掴んでいた。

「今季は若い選手がたくさんいますし、こういう大会で成功体験を積み重ねるなかで、より上を目指せるような基盤を作っていきたいと思います。僕もそうですし、他にもマリノスで長い選手がいますので、そういった選手たちがマリノスの伝統を引き継ぎながら、そこに若い力をプラスして、また新しい、いいチームを作っていきたい」

 失われたものは確かに大きいが、失ったことで新たに生まれるものがある。その未来にあるのは、希望か、絶望かはまだわからない。それでも、横浜FMが新たな一歩を踏み出したことは間違いない。


原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei