短期連載・今こそ「ジュビロ磐田のN-BOX」を考える(3)

◆しっくりこない開幕3連勝

 3月10日に開幕したJリーグの2001年シーズンで、ジュビロ磐田は開幕2連勝を飾った。

 ジェフ市原とのファーストステージ第1節では、奥大介が2ゴールを連取すると、田中誠、西紀寛が続いて4−0で勝利。サンフレッチェ広島との第2節でも、藤田俊哉が2ゴールを奪うと、服部年宏と高原直泰も決めて4−1。2試合合計8得点と攻撃力を見せつけ、スタートダッシュを成功させた。

 この頃になると、新システムの狙いや利点について、頭では理解できるようになっていた。従来の3-5-2との違いについて、名波浩はこう考えていた。

「従来の3-5-2だと、サイドのスペースを両ウイングバックが上下動して埋めるから運動量が極端に多くなるけど、新システムでは横にスライドして対応するから、負担を分散できる。それに、中盤の5人が距離感を保ちながら動くことで、攻撃では互いの技術や創造性を引き出せるし、俺がボックスの真ん中にいることで、相手がどこでボールを持っていても、こっちが数的優位という印象を持たせられる。俺がプレスバックするときも、トップ下にいるときよりもスムーズにできる。そうしたプラスはあった」

 システムの可変性、流動性を挙げたのは、福西崇史である。

「ベースは3−5−2なんだけど、ハット(服部)が左に出れば変則的な4バックに変わる。ハットやなっちゃん(名波)がポジションをちょっと変えるだけで、相手や状況にも合わせて変幻自在にシステムを変えられる利点があった」

 だが、頭で理解していても、スムーズに機能させるとなると、話は別だ。

 日本代表のフランス遠征と、同時期に開催されたアジアクラブ選手権のインドネシア遠征を挟んで行なわれた3月31日の第3節でも、磐田はFC東京戦に1−0と勝利したが、選手たちは依然として確かな手応えを得られずにいた。

「東京戦は俺もハットもフランス帰りでコンディションが相当悪かったのを覚えているけど、それを差し引いても、しっくりこなかった。3試合とも、ただただ気持ち悪い感じだった。相手がリスペクトして及び腰になってくれたから、勝てたんだと思う」          

 名波がそう振り返れば、福西も同調するように言う。

「開幕から3試合は、ごまかしながらやっている感覚がありました。試合に勝っても、みんなが『うーん』って唸っていた。満足していた選手は誰もいなかった」

 鈴木秀人が実感していたのは、横へのスライドの難しさだ。

「左はボランチのハットがサイドに出たり、センターバックの位置に入ったりして、約束事ができつつあった。一方、右はフク(福西)だから、そこまでの運動量はない。でも、(藤田)俊哉さんを後ろに引っ張ると意味がないから、フクに『サボるな!』とか『行け!』とかよく言ってました。ただ、それでフクの攻撃力を削いでしまってもよくないから、とにかく話し合って、互いにカバーしながらやってました」

 福西にも、苦労した記憶が鮮明に残っている。

「ヒデジ(鈴木秀人)にはよくサポートしてもらったし、『あそこはヒデジが行って』とか『ここは俺が行くね』とか、イメージのすり合わせをよくしていた。それは僕らだけじゃなくて、みんなが『そこ、行けよ』とか『どこ、切ってんだよ』って言い合っていた。『お前が寄せないから、サイドを変えられたじゃないか』とか、原因の追及も厳しくしていました」

 新戦術・新システムに取り組むにあたって、攻撃のパターン練習、フォーメーション練習はほとんどしていない。攻撃はすでに形になっていたからだ。トレーニングの8割方がプレッシングやポジショニングの確認や、5対5、4対2、3対3などの攻防で、狭いエリアにおける状況判断やスキルを磨くことに費やされた。

 練習が終われば、誰かのひと声で、昼でも夜でも、大勢で食事に行って話し込んだ。

「車のこととか、プライベートのこととか、いろんな雑談をしているんだけど、最終的にはサッカーの話になったよね。そうやって話し合いながら、約束事とか阿吽(あうん)の呼吸というものを築き上げていった」

 それでも第4節で宿敵・鹿島と戦うために国立競技場に乗り込んだときには、「難しいゲームになると思っていた」と名波は言う。

 ところが、新戦術・新システムは大一番で鮮やかに機能するのだ。

◆突如として輝いた「N-BOX」

 自陣でパスを受けた鹿島のボランチ、本田泰人が前を向いた瞬間、サックスブルーの襲撃を受ける。かろうじて横パスで回避すると、ボールを預かった名良橋晃もじっくりキープする時間を得られない。前方では柳沢敦と鈴木隆行の2トップがボールをなかなか受けられず、磐田陣内をさまよっていた――。

 4月7日15時4分、3万5221人の観衆が見守るなか、鹿島対磐田の一戦がキックオフの時を迎えた。

 鹿島のスターティングラインナップは、GK高桑大二朗、DF名良橋晃、秋田豊、ファビアーノ、中田浩二、MF熊谷浩二、本田泰人、小笠原満男、ビスマルク、FW柳沢敦、鈴木隆行。左膝十字靭帯断裂で離脱している相馬直樹の左サイドバックを固定できないでいた鹿島はこの日、ボランチの中田をそのポジションで起用した。

 一方、磐田は、GKアルノ・ヴァン・ズアム、DF鈴木秀人、田中誠、大岩剛、MF福西崇史、服部年宏、名波浩、藤田俊哉、奥大介、FW高原直泰、中山雅史の11人。試行錯誤の末にたどり着いたベスト布陣だった。

 この時点で3連勝中の磐田は首位、鹿島は1勝1分1敗の9位だったが、下馬評では鹿島有利との見方が大勢を占めていた。

 アジアクラブ選手権に参戦中の磐田は3月18日から1週間、インドネシアに遠征したばかり。また、同時期にパリ郊外で行なわれたフランス代表戦に名波と服部が先発出場していた。そうした磐田のコンディション面での不安に加え、リーグ戦での過去の対戦成績は鹿島が11勝3分3敗と大きく勝ち越していたからだ。

 先制点を奪ったのも、鹿島だった。

 4分、ビスマルクがフリーキックをゴール前に蹴り込むと、飛び込んだ鈴木隆行がGKヴァン・ズアムのファンブルを誘い、こぼれたボールをゴールに蹴り込んだ。

 もっとも、鈴木のファウルにも見えたこのゴールは、磐田にとって出会い頭の事故のようなもので、キックオフ直後から優位にゲームを進めていたのは磐田だった。                
                          
「このプレスなんて、すごく今風だよね」

 試合映像を見返す名波がつぶやいたのは、2分のシーンである。磐田の左サイドで奥と服部が小笠原を挟み込むと、画面の中の名波が強烈なタックルを見舞い、ボールを刈り取った。

 8分に名波のクイックリスタートから高原のゴールで同点に追いついた磐田は、攻勢の度合いを強めていく。
                  
 中山や高原がチェイシングしてボールをサイドに誘導すると、左サイドでは奥と服部が、あるいは服部と大岩が敵を囲い込み、そこに名波が加わって瞬く間にボールを回収していく。右サイドでも同様の光景が、藤田と福西、福西と鈴木秀人によって展開された。名波が映像を見ながら解説する。

「挟み込むスイッチはプレスバックする選手の角度を見極めて、どこから寄せたほうがいいのか決めている。それがハマれば、ボールホルダーの選択肢を数個、減らすことができるからね」

 名波の言葉を、鈴木秀人が引き取る。

「ここか、ここしかないっていう状況にしてくれるから、後ろは狙いやすいんですよ」

 さらに、名波が画面を指差しながら、続ける。
                
「見てもらえれば分かると思うけど、鹿島にくさびのパスをほとんど入れられていない。それも、俺がボックスの中央にいることの利点で、レアルの中盤から出てくるくさびの縦パスを寸断する狙いがあるっていうことは、やっていくうちに少しずつ分かっていった。ああ、そういうことねって」

 サックスブルーの選手たちはボールを奪うとポジションを入れ替えながらボールを出し入れし、次々とチャンスを作り出していく。

「アントラーズはもっと名波を警戒しないとダメですね。ジュビロは全部、名波を経由して攻撃をやっている。名波だけがポジションを固定して真ん中にいるんです。あとの選手はわりあい自由に動いているんですけれど」

 画面から聞こえてきたのは、テレビ中継の解説を務める加茂周の声である。

 左サイドにいるはずの奥がドリブルで中央に侵入し、左ボランチの服部はタッチライン際を果敢に攻め上がる。右サイドでは藤田と福西が入れ替わりながらゴール前に飛び出し、中央では名波がスペースを睨みながら、軽快にボールを散らす。

 54分には、高原のシュートがポストに当たって跳ね返ったところを藤田が蹴り込み、磐田が逆転に成功する。その後も、磐田がゲームをコントロールし、71分に名良橋がシュートを放ったシーンを除いて、鹿島に反撃の機会を許さなかった。

 理想に近いイメージで新戦術・新システムを機能させたという意味で、この鹿島戦は難産の末に「N-BOXの産声」が聞こえたゲームとなったのだった。

(つづく)

飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi