『魔物のためのニューヨーク案内 (創元推理文庫)』ムア・ラファティ 東京創元社

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 行ったことのない場所、これから訪れる町。想像をふくらませながら観光情報のページを繰る。

 由緒ある名所旧跡、地元の人しか知らない穴場の店、新しくできたばかりのお薦めスポット......。限られた日程のなかで精いっぱい楽しもうと、記事に印をつけていく。きっと素敵な体験が、瑞々しい時間が私を待っている! 旅行ガイドはたんなるツールを超えて、それ自体が独立したファンタジイだ。

 いま、これまでに類のないガイドブックがつくられようとしていた。対象となる地域のは世界の首都ニューヨーク。この町についての情報はもうありあまるほど氾濫しているけれど、どれもこれも一般人向けのものだ。魔物には、魔物のためのガイドブックが必要でしょう。ヴァンパイアのフィル・ランドを社主とする出版社プラチナ社は、〈稀少種〉----あらゆる超自然的存在の総称----のためのニューヨーク案内を企画する。ライター募集の広告を〈稀少種〉が出入りする場所に張り出したところ、なにを間違えたのか人間の女性が応募してきてしまった。

 彼女の名はゾーイ・ノリス。ノースカロライナ州ローリーで旅行ガイドの編集をしていいたが、上司との不倫が原因で(といってもゾーイは彼が妻帯者と知らずに関係を持ったのだが)仕事を追われ、尾羽打ち枯らし生まれ育ったニューヨークへ戻ってきた。あえて旅行者の気分で、ぜったいどこの旅行ガイドブックにも載っていないであろう、陰気な書店に足を踏みいれたところ(並んでいる本もヘンテコなものばかりだ)、その貼り紙を見つけたのだ。

 社主のフィルは、いくら経験者とはいえ、君にはこの仕事は向かないと繰り返し忠告するのだが、ゾーイは雇用の平等を訴えて一歩も引かぬ。最後にはフィルも根負けして、彼女を編集長として採用することに。たしかに人材は必要だった。〈稀少種〉の暮らす社会における出版、流通、宣伝についてはフィル自身にも経験があるが、旅行ガイドの編集となると腕に覚えのある誰かに頼らざるを得ない。しかし、問題はプラチナ社のほとんどの社員にとって、ゾーイは「人材」というより「食材」に見えるということだ。

 かくしてゾーイは、ときおり降りかかってくる危険をかわしつつ、画期的な旅行ガイドブックを制作に打ちこむ。その名も『ニューヨークよろよろ歩き』。

〈稀少種〉について勉強しようと考えたゾーイが図書館で『ダンウィッチの怪・他』を借りだしたあげく「あーあ、ラヴクラフトって退屈!」と独りごちたり、バッグに『ドラキュラ』を入れていたら、フィルに「きみはヴァンパイアに関する知識をその本から得ようというのか?」と呆れられたり、ホラー・ファンには嬉しいくすぐりも施されている。

 また、人間にとっては自由の象徴であるリバティ島の女神像が、〈稀少種〉にとっては殺された悪霊が閉じこめられている棺であったり、ニューヨークの別な顔が見えてくるのも面白い。随所に『ニューヨークよろよろ歩き』からの抜粋があり、ヴァンパイアやゾンビや精霊など、それぞれの特性にあわせて、この町での宿泊や食事や移動、観光したり娯楽を楽しむコツが、いろいろ紹介されている。

 想像もしていなかった奇妙な仕事ながら、自分のキャリアを考えるといまが踏ん張りどころと気合いをいれるゾーイ。しかし、プラチナ社の新しいスタッフとして人造人間ウェズリーがやってきたあたりから、歯車が大きく狂いはじめる。人造人間は死体をツギハギしてつくられる〈稀少種〉だが、なんとウェズリーの頭部にはゾーイの大学時代の元カレのものが使われていたのだ。人格は残っていないはずだが、たしかなことはわからない。いずれにせよ、偶然にしてはできすぎだ。っていうか、カレっていつ死んだの?

 やがてゾーイとプラチナ社が、恐ろしい敵から標的にされていることがわかってくる。その陰謀はニューヨークという町そのものも巻きこんでいき......。

 表はおしゃれな町ニューヨーク、裏は超自然の存在が跋扈する魔都。見た目は颯爽たるキャリアウーマンのゾーイ、中身はパニック寸前ながら歯を食いしばって頑張っているゾーイ。どちらも本物だ。しなやかに、そしてふてぶてしく生きる姿がカッコイイ!

(牧眞司)