ロジャー・フェデラーが2度目のマッチポイント時に、コートの中へステップインしながら打ったフォアクロスへのショットは、サイドラインを捕らえたウィナーに見えたが、ラファエル・ナダルがチャレンジを要求した。会場内に映し出されたホークアイによるグラフィック映像がインと判定すると、フェデラーはコーチたちに向かって両手を挙げて喜びを爆発させた――。

 35歳のフェデラーが2012年ウインブルドン以来、約5年ぶりのグランドスラムタイトルを獲得した瞬間だった。

 35歳にして、7年ぶりに全豪オープンを制したロジャー・フェデラー

 オーストラリアン(全豪)オープン男子決勝で、第17シードのフェデラー(ATPランキング17位、1月16日付け、以下同)が、第9シードのナダル(9位)を6−4、3−6、6−1、3−6、6−3で破って、全豪で7年ぶり5回目の優勝を飾った。35歳174日での優勝は、全豪史上4番目の年長優勝となった。

「およそ5年間グランドスラムの優勝がなかった後に、この年齢の今でも優勝できた」

 フェデラーとナダルの対決は35度目になるが、フェデラーがグランドスラムでナダルに勝ったのは、2007年ウインブルドン決勝まで遡らなければならない。

 今回の決勝ではかつて頂点を極め、今は円熟味を増した2人が、ともにケガからカムバックを果たし、お互いの持ち味を存分にコートで発揮した。

 サーブ&ボレー、リターンダッシュ、チップ&チャージ、ネットプレーを絡めて早い展開を信条とし、相手に時間的余裕を与えないでゲームをコントロールしたフェデラーは、いわば"柔"のテニス。

 一方、厚いグリップのフォアハンドストロークから放たれる、相手のラケットをはじく強烈なトップスピンを武器に、人並み外れたフットワークとコートカバーリングで、驚異的なディフェンスを誇るナダルは"剛"のテニス。

 2人がそれぞれ得意とする柔と剛のプレーのコントラストは、テニスが本来持ち合わせるゲームの駆け引きや面白味を堪能させるもので、観客を大いに魅了した。

 ナダルがフェデラーのバックサイドにボールを集めるのはいつもの戦術で、フェデラーも百も承知とばかりに老獪な対応をしてみせた。特に、フェデラーがベースラインからコートの中にステップインして早いタイミングで、バックハンドストロークをクロスやダウンザラインへ流すのは秀逸だった。ナダルにとっては、フェデラーのバックサイドを崩し切れなかったのは誤算だっただろう。

 2セットオールになって、足の付け根や右太ももが痛み始めたフェデラーが、メディカルタイムをとったが、その直後のファイナルセット第1ゲームで、いきなりナダルがサービスブレークに成功した。

「先にブレークしたファイナルセットにはいくつかチャンスがあった」というナダルに対して、フェデラーは決してあきらめずに戦い、そして自分を信じ続けた。第6ゲームでは攻撃的なショットを放ち続けてナダルのミスを誘い、フェデラーがブレークバック。

 試合終盤に自分のベストテニスができたことに自ら驚いていたというフェデラーは、さらに第8ゲームもブレークし、結局第5ゲームから5ゲームを連取して、3時間38分におよぶ宿敵ナダルとの激闘を制した。

「2人ともに勝者にふさわしい試合だったけど、テニスには引き分けがないんだ。それは時には残酷なことだ」と振り返ったフェデラーは、ナダルの28本を上回る57本ものミスをしたものの、サービスエース20本、フォアハンドウィナー28本を含むトータル73本のウィナーをナダルに叩き込んだ。特に、フェデラーの一番の武器であるフォアハンドストロークの逆クロスへのショットは、10年前の全盛時を彷彿させるものだった。

「信じられないくらいうれしい」と語ったフェデラーのグランドスラムタイトル数は18となり、自身の記録を更新して、男子での最多優勝新記録を打ち立てた。

 また、この優勝は2016年から一緒に転戦しているイワン・ルビチッチコーチとともに獲得した初めてのグランドスラムタイトルでもある。37歳のルビチッチは、自己最高3位になった元選手で、選手時代からフェデラーとは仲がよかった。

「選手としてもコーチとしても、ルビチッチにとっては初めてのグランドスラム決勝だったから、ずっとナーバスだったよ。僕が落ち着かせようとしたんだから(笑)」

 フェデラーは、コーチやフィジオ(理学療法士、治療士)と、昨年の左ヒザのケガから100%のコンディションに戻るにはどうしたらいいのか、復帰してグランドスラムで優勝するために何が必要なのか、多くの時間を費やして話し合った。そのすべてが、今回の全豪優勝によって報われた。

「もちろんチームのみんなにとって特別なことだよ。僕たちは成し遂げたんだ。今夜はロックスターのようにパーティーをするつもりさ(笑)」

 優勝によってフェデラーは世界ランク10位になることが決まり、トップ10に復帰。準優勝のナダルは6位へ上昇した(1月30日付)。

2人の決勝を見て、アンディ・マリー(1位)もノバク・ジョコビッチ(2位)も当然、このまま手をこまねいているわけではないだろう。この激闘を目の当たりにして、最近のATPテニスツアーで"Next Gen"と呼ばれている若い世代の選手たちはどう感じただろうか。そして、錦織圭は、何を思っただろうか......。

 フェデラーのグランドスラム優勝によって、ベテランから若手まで、すべての選手の競争心に火がつき、2017年はかつてないほどファンを魅了していくシーズンになるだろう。

 歴史的なフェデラーの新記録を祝福する万雷の拍手の中、選手の観客への感謝と、観客の選手への尊敬が満ち溢れる。選手と観客が一体感に包まれたロッド・レーバーアリーナには、グランドスラムにおける至福の時間が流れた。

 その中心で涙したフェデラーは、赫奕(かくえき)たる存在感を示していた。

神 仁司●文 text by Ko Hitoshi