こんにちは、さえりです。

恋に効く映画を紹介してほしい、ということではじまったこの連載の第2回は『セレステ∞ジェシー』を紹介します。

映画を観たことのない人も、観る予定のない人も読めるように紹介するので最後まで是非(多少のネタバレがありますが読んだあとも楽しんで観れるかと思います!)。

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わたしには仲のいい男友達がいる。10年近くの仲で、映画を見たときなどによく電話をかけて、「あの映画どう思う?」などと議論を交わし、ときにそのまま喧嘩に発展するような仲の友達が。

 

彼から「きみに観て欲しい映画がある」と映画が送られてきた。

何も疑わずにその映画を観て、観終わると同時に「あいつ、やりやがったな」と思った。というのも、以前『(500)日のサマー』をこの友人に意図的に送りつけたときに「あの映画のせいで不眠になった」と言われたことがあり、これはそのときの逆襲であると気づいたからだ。

「おまえ、やりおったな……」とメールすると「おあいこ」と返信があり、やっぱり意図的だったかと、下唇を噛んだ。

先にお伝えしておくと、この映画は生々しすぎて手放しでお勧めはできない。それに、「思い当たる節がない人」や「とてもシンプルに生きてきた」と言えるまっすぐな人には、全くと言っていいほど刺さらない映画だと思う。それどころか「全然共感できない」「登場人物の行動が理解できない」とさえ思うかもしれない。

 けれど、自身のことを「複雑である」と思う人や、「恋愛において“優位に立つことのほうが多い”」、またはここまで行かずとも「彼氏のほうが私のことが好き」などと思っている女性には、是非観て欲しい。

良薬口に苦し、とでもいうべきなのか。この映画は、見終わった後に痛みを抱えずにはいられない。

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この人には自分の全てをさらけ出せる、という特別な異性に出会うことがある。自分のことを全て話さなくても理解してくれて、何も言っていないのに察してくれて、二人だけの笑い話で盛り上がり、お互いを「大事」に思い合っている……。けれど、そういう人と「一生を共にできるか」は、残念ながらまた別の問題である。

「親友」といえるほどに仲がよく、自分のことを大切にしてくれても、どこか頼りなかったり、「結婚相手」としては気になるところがあったり。

実際に、わたしはよくこんな相談を受ける。

 「彼と長い間付き合っています。仲もよくて一緒にいてとにかく楽だし、彼はわたしを大事にしてくれるし愛してくれているのですが、(収入や頼りなさなど将来性の面で)この人でいいのかなと思ってしまうときがあります」

 彼がいいか他の人がいいかは、わたしにはわからない。ただひとつ、「この人は自分が“選べる立場”だと思っているのだな」と思う。愛されている自信があるのだな、と。こういう人が陥りやすいのが「関係性にあぐらをかいてしまう」ことだ(もちろん全員とは言わない)。

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恋愛をしていると、なぜか互いの「力関係」に差が出てしまうことがある。どちらかがどちらかより多く相手のことを好きで、その差がはっきりすればするほど、「彼の方がわたしのことが好き」とか「あいつは俺のことが好き」とか、(意識している・していないにかかわらず)ほんのわずかに優位に立つ。わがままを言いやすくなったり、ほかの人には言わない厳しいことを言ってしまったりするのもそのせいだ。「相手は私から離れていかない」という安心感があるからだ。

 ある程度の「力関係」は、二人の仲を維持するうえでとても重要だと思うけれど、そのバランスが崩れると「相手を見下す」という感情と紙一重になる。

「見下す・バカにする・尊敬しない」こういう感情は、口に出さずともじんわりと二人の間で蔓延して、なにかのきっかけで関係が破綻することもなくはない。

 「ずっと思ってたけど、俺のことバカにしてるよね?」とか「いつでもわがまま聞いてくれると思ってるでしょ」とか。

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 映画にでてくる女性・セレステはまさに「優位に立っている」タイプ。相手のジェシーよりも「仕事」の面でも「恋愛」の面でも。なんせ、セレステはバリバリのキャリアウーマン。自分で会社を経営するほどに自立している一方、ジェシーは「売れないアーティスト」なのだ。

 二人は他人が引いてしまうほど仲の良い「親友」でありながら「夫婦」でもあった。けれどジェシーの生活力のなさや頼りなさにどうしても不満を抱えてしまうセレステは、離婚を言い渡す。

 未練たっぷりなジェシーに向かって、彼女はこう言う。

 「でも、わたしたち、別れても親友よね」

 きっと彼は別れても私のことが好き、とどこか思っている恋においては、「別れ」にも余裕がある。そんな彼が、ほかの人とデートをしたり、ましてや結婚などしたりすれば、激しく動揺せずにはいられない。ちょっと前までは、「あなたの恋はもちろん応援するわ」なんて余裕ぶっていたのに。

 この物語では、なんとジェシーに子どもができてしまう。

それも、セレステ以外の「とてもシンプルな女性」との間に。


セレステ∞ジェシー

 出演: ラシダ・ジョーンズ, アンディ・サムバーグ, アリ・グレイナー, エリック・クリスチャン・オルセン,  ウィル・マコーマック

 監督: リー・トランド・クリーガー

 Happinet(SB)(D)

物語のつらいところは、ジェシーの新恋人(物語中ではもう少し訳ありなのだがここでは省略する)が、「シンプルな人」であるところだとわたしは思う。 
セレステが「あんな女」と悪態をついても、友人は率直に言う。 

「あの人、とてもいい人よ。シンプルでエレガントだし」 しっかりしていて、辛辣で、複雑で、自分を「正しい道に進めよう」と思ってもがいているセレステとは、違う。
 「失ってから大事だと気づく」というのは映画においてはよく見る手段だ。一度失って、自分の気持ちにゆっくりと向き合って、そして「答え」にたどり着く。……という手順が踏めればいいけれど…。

この映画は「相手に子どもができてしまった」のだ。時間は待ってくれない。どちらの心にも整理がつかないまま、時間はぐんぐんと進んで行く。

でも、わたしたちの生きる現実だって同様に、待ってはくれない。失恋しようが、相手を失いそうになろうが、御構い無し。 終始ただよう「映画っぽくない空気」は脚本家の実話に基づいているせいだという。あまりにもリアルで生々しくて、ちょっと、いや、だいぶ胸が痛くなった。 誰も悪くない、いや、誰も正しくない。 

一度ねじれた力関係は、二人の中にこびりついてしまう。それをどのように拭えばよかったのかは、誰にもわからない。
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どうすればよかったか、などと単純明快な答えのない結末。大人になってからする恋には、ときにそういう類のものも待っている。「ああすればよかった」「こうすればよかった」がひとつも思い浮かばない釈然としない気持ちは、やっぱり苦しくて切ない。 

 映画の結末をみて、なにを感じるかに自分の価値観が表れるかもしれない。なにを大事にして、なにを選べばいいのか。どこにも正しさはないけれど、自分に必要なものを見つめるきっかけになる。 

 複雑で自分に自信のある女性にこそ、ぜひ観て欲しい。 

または『(500)日のサマー』で散々胸をえぐられた男性も、ぜひ。

●さえり● 90年生まれ。書籍・Webでの編集経験を経て、現在フリーライターとして活動中。 人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。 好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。 Twitter:@N908Sa (さえりさん) と @saeligood(さえりぐ)