彼が私を好きになる... #近未来に恋をする

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ネコが出てくる夢を見た。ただのネコじゃなかった。二足歩行をして、服も着ていた。

蝶ネクタイを付けた紳士的なネコが、スタスタと歩きながら、わたしに言った。

「このブレスレットをしている間、目が合った男性が、あなたのことを好きになります。ただし、3人までしか効果はありません」

なんとも変な夢だった。

でもどこかリアルで、不気味で、信じたくなる夢だった。そして驚くことに、翌朝、目が覚めると、わたしの腕にはブレスレットがしっかりとはめられていた。



――そんなことがあったとする。この世界に、ひとつだけ恋を手助けする未来のテクノロジーが存在したとする。それを貴方が手にしたら、どんな恋をするだろう。

この連載では、ライター・カツセマサヒコが、ひたすらありもしない「もしも」を考えていく。

Chapter 1 余裕じゃん、アイツと目が合えばいいんでしょ?

待って? あのネコの言っていることが本当だとしたら、このブレスレット、相当すごくない? 目が合ったら好きになってくれるって、余裕じゃん。

3人以内にアイツと目が合ったら、それだけでわたしのことを、好きになってくれるってことだよね?

気分が高揚した。

夢のなかの話だったのに、起きたら本当にブレスレットを付けていたのだ。少しメッキが剥がれて錆びているところもあるが、いかにも「それっぽい」雰囲気がある。あのネコが何者(何ネコ?)かはわからないけれど、「信じて」と言っていたし、信じられそうなキャラクターだった。

大丈夫、正直者は救われる。それがわたしの座右の銘だ。

ベッドから飛び起きて顔を洗うと、いちばん気に入っている仕事着に着替える。いつもより丁寧にメイクをして、髪にコテを通す。痛んだ毛先が少しだけ気になったが、切っているほど時間の余裕はない。支度を終えると、いつもより少し大きな歩幅で街へ繰り出す。

通勤にワクワクするのなんて、いつぶりだろう?

腕に付いたブレスレットを見るたび、今日起きるであろう出来事に胸が躍る。自然と口もとが緩み、自分の足音すら軽快なメロディに聴こえてくる。

「あの、すごくうれしそうですね」

突然、すれ違った男性から声をかけられた。30代も半ばだろうか。プレスがしっかりかかったスーツに本革のカバン。決してかっこいいと言えるわけではないが、整った顔立ちではあった。

「え、あ、ははは」

なぜか戸惑い気味に、愛想笑いを返した。

なにか、変だ。この人、じっとこっちを見つめてくる。いままで感じたことのない視線の理由に気付くまで、時間はかからなかった。

もしかして、目が合っちゃった...?

わたしは「すみません」と小さく伝えてから、小走りでその人から離れ、駅を目指す。走りながら頭のなかで、状況を整理する。

「待て待て待て? このブレス、そんなに強力なの...? こっちは覚えがなくても、物理的に目が合っちゃえばメロメロってこと? 危険すぎじゃん...。あの人どうしよう...」

さっそく3人のうちひとりに、能力を使ってしまった。それも、まったく見知らぬサラリーマン相手に。

「このままだとアイツに会う前に3回使い切っちゃうぞ...」

焦ったわたしは、視線を常に足もとに向け、できるだけ一点を見つめることに集中する。

Chapter 2 ごはん、少なめでお願いします

アイツとは、会社の食堂で初めて出会った。「大手」が付く電機メーカーのグループ会社で営業として働いているわたしは、ほかの女子同様、本社勤務で出世頭と言われているアイツのことが気にかかっていた。

これまで異性にアプローチなどしたことがなかったが、子会社の社員も使用可能なこの食堂にて、たまたまアイツが味噌汁をハデにこぼし、たまたま隣に座っていたわたしがそれを一身に浴びたのがきっかけだった。そこからアイツとは、世間話ぐらいはする関係になっている。

3つ年下で、男なのに「かっこいい」より「かわいい」が似合う。でもそれが、過酷な営業畑で働いているわたしには、癒しの対象にしか思えなかった。見ているだけで心が安らいでいくのを感じた。

アイツとは今日もランチの時間帯が一緒のはずだ。

会えば世間話ぐらいはする仲なんだし、すれ違いざまに一度目が合えば、それでカンペキだろう。朝の一件があってから、午前中は誰とも目を合わせないように伏せて過ごしていたので、首が凝っている。さっさと再会して、わたしのものにしてしまいたい。

定食の列に並んでいる間、アイツのことを考える。

あれほど女性ファンが多いアイツが、本当にわたしなんかと付き合うのだろうか? ちっとも現実味が沸かない。

無意識のうちに自分のなかの女子が芽生えたのか、「ごはん、少なめで」などとオーダーしていた。

「ごはん、少なくていいの? 別に痩せる必要なんてないだろうに。いまでも、十分かわいいよ」

突然、調理場にいるおじさんがやさしげな声を出しながら、わたしに近づいてきた。

しまった。やっちゃった。

緊張で鼓動が早くなる。

Chapter 3 たしかに目は合ったのに

いきなり抱きしめられでもしたら、マジで怖い。

調理場のおじさんは、歯並びがガタガタで、瞳も焦点が合っていないように見える。さっきまで鶏肉を切っていた包丁を持って、ゆったりとこちらに近寄ってくる様子は、まるでゾンビだった。

「あ、いや、その...ちょっと...」

なんと否定していいかわからず、調理場のゾンビが迫ってくるのを極力見ないようにするしかなかった。当然、歩みは止まることなく、わたしまであと数歩の距離に来る。

やばい。

そう思った瞬間だった。見慣れた背中がわたしのすぐ目の前に立ち、落ち着いた声で言った。

「おじさん、鶏肉の列、渋滞しちゃうよ」

まるで呪文のように聞こえた。

ゆっくりと、でも威圧感を込めたその一言で、調理場のゾンビは我に返り「ああ、すみません」と覇気のない声で言った。

年下のアイツが、涼しい顔をして立っていた。

「大丈夫でした? なんか怪しかったっすね」

振り向きざま、たしかに目が合った。年下のはずのアイツが、どこか大人びて見えた。

「あ、うん、ありがとう」
「どーいたしまして。で、ごはん少なめ? もしかしてダイエット? あ、男ができたとか?」

感謝を伝えるムードなど微塵も感じさせず、彼はあっけらかんとしていた。いつものノリで、わたしに話しかけている。

ブレスレットをして、たしかに目は合ったのに。間違いなく、彼で3人目で、途中、ほかの人と目を合わせたことはなかったのに。

「なんで...?」
「え、何が?」

わたしは、ふと仮説を立て、戸惑う。

もしも、もしもわたしがブレスレットを付ける前から、彼がわたしのことを好きだったら...?

恐る恐る、わたしは彼に話しかける。

「あのさ」
「はい?」
「今度、映画でも行かない?」
「え、オレとですか...?」
「うん、イヤならいいんだけど」
「行きます、どんな用事でもすっぽかして、絶対行く」

屈託のない笑顔が、まっすぐこちらに向けられていた。



―――「好きな人の好きな人が、自分ならいいのに」ということを学生時代や、なんならいまでも思っていると思うんですけど、それが実際に叶えられるテクノロジーができたとしても、「そんなの使う前から好きだったよ」ってパターンがいちばん幸せだと思って書きました。

でも書いていて思ったのは、もしかすると未来は「好き」にも「テクノロジーを使って好きにさせた」と「天然で好きにさせた」という2パターンが存在しているかもしれなくて、なんかそんな、養殖か天然かみたいな話、魚以外でするのはイヤだなあとも思いました。

自然体で好きになり、好かれるというのがいつだっていちばん。機械にも頼らず、無理にダイエットもせずに、ありのままで愛される努力をすることも大切だと思いました。

撮影/出川光 文/カツセマサヒコ