若くして結婚した人の話を聞くと、そんなに早く運命の人に出会えたなんて、羨ましい! そう思う人も多いのでは? でも、若すぎるときの直感は、必ずしもハッピーエンドを導かないということを、ある19歳の女性がコスモポリタン アメリカ版に語ってくれました。

結婚すると、急に自分が大人になったようでした。でも、実際のところは、何も変わりませんでした。

「私はいつだって大学に行きたいと思っていました。家族の誰もがそうするだろうと思っていたのです。私はサウスカロライナ州で、念願だった夢の高校に通っていたので、大学に進学せず結婚すると知ったときは、誰もが驚きました。でも、最大のショックは、彼と結婚した後に起こったのです」

交際は高校の頃から

「元夫のアルバートと私は幼なじみでしたが、私が高校1年生で彼が2年生になるまでは、それほど親しくありませんでした。あるとき、私は帰りのバスでアイスティーを飲んでいました。そのとき、バスが急ブレーキをかけたので、前のシートに激突して、全身に紅茶をかぶったんです。彼が後ろの席でゲラゲラ笑っていたので、振り返りました。そのとき、こう思ったんです。へえ。こういう笑い方っていいじゃない。彼は本当に完璧な白い歯で笑う人なんです。

それから10日間は、ノンストップでメッセージを送り合いました。クリスマスに、正式にデートに誘われました。『ねえ、僕のクリスマスを最高にする方法、知ってる? 君を僕のガールフレンドって呼ぶことさ』。その後の数年間は嵐のように過ぎました。私はチアリーダーで(学校のフットボールチームは弱小だったけど)、彼は試合ごとに私を見に来て、ハーフタイムのたびにスポーツ飲料とお菓子を渡してくれるんです。高校生らしいドラマもあって、何度か別れたりもしましたが、私の卒業が近づいてくると、自分たちが長い間つきあってきたことを実感しました。何でも一緒にしたし、お互いの家族ともとても仲がいいし、将来についてもよく話していました。アルバートは軍隊に入る予定で、私は彼なしの生活を想像できませんでした。

私が高校を卒業して3カ月後、彼にプロポーズされました」

"花嫁にキスを"

「2015年11月25日、アルバートと私は裁判所で結婚しました。ウエディングドレスも華やかなパーティーもなし。でも、アルバートといられればそれで十分でした。最も身近な人たちが15人から20人ほど宣誓式を見に来てくれました。あの、"花嫁にキスを"というセリフが、まるで映画のようでした。その後お互いの両親が地元のレストランでパーティーを開いてくれて、ビーチの近くのホテルで簡単なハネムーンもしました。私の人生で最高に幸せな時期でした。

結婚すると、急に自分が大人になったようでした。アルバートと私がレストランに行くと、ウェイトレスの人たちは私の指輪に気づいて顔に目を移し、一体何歳だろうと考えているのがわかりました。誰も私が16歳以上だとは思わなかったようです。『まあ、ずいぶん若くして結婚したのね』って感じで。たしかにそう思います。でも、実際のところは、何も変わりませんでした。至福の時間は、最初の1週間だけでした」

新婚生活の始まり

「結婚式の1週間後、アルバートはカリフォルニアに配属されました。すぐには基地に移れないので、最初の7週間は西の方にある窮屈なホテルで過ごしました。まるで地獄でした。電子レンジだけでキッチンはなかったので、ハンバーグやチキンを焼けるように携帯コンロを買いました。でも、それしか作れませんでした。部屋代や車、食事代で、ウェイトレスをして稼いだ7000ドル(約82万円)が吹き飛びました。それだけのお金を使ってしまうのはちょっと辛かったけど、私は結婚したのです。私のものは彼のものだし、彼のものは私のものだと思っていました。彼を助けられるのが嬉しかったんです。

基地の中に引っ越しても、生活は改善しませんでした。家賃は無料だったのですが、なんというか…ひどい場所でした。トイレはいつも詰まってるし、シャワーは出ないし。

アルバートは朝6時半〜7時に仕事に出て、夕方6時に帰ってきました。私はなんとかして仕事を探そうとしましたが、誰も雇ってくれませんでした。カリフォルニアの大学に出願していなかったので、学校にも通えませんでした。つまり、私は週に5日間、週末に彼の仕事があるときは7日間、1日中1人っきりだったのです。それに、アルバートが仕事から帰って来ても、彼はジムに行くか、何もする元気がないかのどちらかでした。私はとても孤独でした。同じく夫が軍隊に入っている奥さんたちにも会いましたが、みな私より年上で子どももいたので、接点が見つけられませんでした」

私は週に5日間、週末に彼の仕事があるときは7日間、1日中1人っきりだったのです。

「ほとんど、テレビドラマを観て過ごす日々でした。毎日妹のタラとフェイスタイムで話しました。家の中を掃除して、軍の販売部に行って安い食べ物を探し、タコスとチキンカツレツとサーモンのレシピを検索するのが日課。私は基本的に主婦でしたが、子どもがいなかったので。

孤独で気が滅入りましたが、もう1つの問題は、私の教育やキャリアについて彼と何も話し合っていないことでした。彼の軍隊でのキャリアを支えるために、私は18歳で進学を延期し、家族や友達を置いて国を横断して来たのに、私が人生で求めているものについては彼と何も話すことができなかったのです。彼は自分の新しい生活で頭がいっぱいでした。

私は検定プログラムを調べ、9カ月学校に通えば正式な医療助手になれることを知って、彼にそれぞれのプログラムの費用と、利点・問題点をプレゼンしました。でも、彼はクレジットカードをいじりながら、そんなお金は払えない、と言いました。それでおしまいです。

結婚したときは、死ぬまで一緒だと思っていました。私は本当に家庭的なタイプなんです。アルバートと私は20代の前半から子どもを生もうと話していました。犬を飼って、子どもの試合を一緒に見に行って、一生仲良く過ごそうと思っていたんです。私たちはいつも将来について空想をしていました。

でも、カリフォルニアの生活は厳しいものでした。ほとんど砂漠に住んでいると言ってもいいくらいでした。草は1本もなく、最寄りのレストランまで車で45分かかりました。経済的にも余裕がなかったので、旅行することも、何か特別なことをすることもできませんでした。軍人の家族は暮らしが楽かと思っていたのですが、そんなことはありません。こうした負担は私たちをじりじりと消耗させて行きました。一緒にいるときも、ただ家にいて、ほとんど口もききませんでした。彼はビデオゲームをしていて、私は<Netflix>を観ているか、食事を作っていました。なんだか妙な感じでした。お互いにこの関係が悪化していることを感じて、なんとか食い止めようとはしました。1週間に1度、どんなに疲れていても、夜にデートすることにしました。食事をして、映画を観るのです。自分たちの心の内も、時間をかけてお互いにぶつけました。基地の外に住む友人も何人かできました。彼らとバーベキューやプールパーティーをすることで、私たちの関係をしばらくもたせることができたと思います。でも、私の気持ちは少しずつアルバートから離れて行きました」

すべてが壊れたとき

「6月、7カ月間一緒に暮らした後、アルバートと話し合い、私はニュージャージーに戻って妹の卒業式に出席し、夏の間ウェイトレスの仕事をしてお金を稼ぐことにしました。お金を貯めて、アルバートとの生活が楽になるようになったら、8月にはカリフォルニアに戻るつもりでした。でも、実家に戻っている間に、アルバートと私はフェイスタイムで大ゲンカしてしまいました。事態が険悪になったので、ちょっと距離を置きたいと伝えました。その後2日間は一言も話しませんでした。

次に話したときは、カリフォルニアでの問題がすべて噴出した感じでした。最終的には、もう終わりだ、と思いました。これ以上無理だと思ったのです。彼とはこれ以上一緒にいたくありませんでした。

アルバートのお父さんが手術を受けるので、アルバートも1〜2週間ニュージャージーに帰ってきました。私たちは会って話すことにしました。話し合いは何時間にもなりましたが、2人とも同じ結論に達しました。私たちはお互いを愛しているけど、もう恋愛感情はない、と。

私たちの結婚はすぐには破棄できないため、今は別れて住んでいます。合法的に離婚するために貯金しているのですが、費用が多額なので、時間がかかるのです。14歳で出会ってから初めて、私たちはお互いの生活と無関係になりました」

19歳で離婚するなんて思いもしなかった

「これまでのいきさつを人に説明するのは容易ではありませんでした。最初は、母と妹にだけ話しました。父さえ、離婚のことは知らなかったのです。アルバートと私のことを聞いてくる人と出会ったら、何もかもうまくいっている、と話しました。真実を説明するより、その方が簡単だから。でも、時間が経つにつれて、徐々に重い口を開くようになりました。友達の中には、なんとかアルバートとの関係を続けるべきだと言う人もいましたが、最も親しい人たち、例えば妹や友達のメイシーは、私たちの関係が実際どれだけ悲惨だったか知っていたので、私たちの決断を尊重してくれました。

今回のことを思うと、恥ずかしい気持ちになります。真相はそうでないとわかっていても、自分が何か失敗したように感じます。人生のすべてがうまくいくとは限りません。それが人生というものです。

ときどき、ふと思います。ああ、私、何考えてたんだろう?って。彼のことは愛していたので、後悔はしませんが、もし彼のキャリアのために時間とエネルギーを使っていなかったら、今頃どうなっていただろうとは考えます。あれだけの時間とエネルギーを自分のキャリアのために使っていたら? これからは、目標を高く設定して、決して夢をあきらめないようにしなくてはなりません」

あれだけの時間とエネルギーを自分のキャリアのために使っていたら?

「今でも結婚はしたいと思いますが、30代になるまで再婚することはないと思います。今は―そして、ようやく―自分を最優先するときです」

※この翻訳は、抄訳です。

Translation:mayuko akimoto

COSMOPOLITAN US