エイドリアン・ニューウェイ氏が、F1のハイブリッド技術は市販車に生かされないという見解を示しましたが、実際はどうなのでしょうか。また、これまでにフィードバックされた技術はあるのでしょうか。ホンダとトヨタに話を聞きました。

F1のハイブリッドは別物?

 2017年1月1日(日)、イギリスのメディア「Sky Sports」が伝えたところによると、長年F1マシンの開発に携わってきたエイドリアン・ニューウェイ氏はそのインタビューに応じるなかで、「F1のハイブリッド技術が市販車に反映されるというのは、自動車メーカーによるただの宣伝文句だ」という見解を示しました。

 ニューウェイ氏は2017年1月現在、F1に参戦するレッドブル・レーシングチームのテクニカルチーフオフィサーを務めており、特に空力デザインのスペシャリストとして知られています。

 そのニューウェイ氏が、ハイブリッド技術に関してとはいえ、F1から市販車への技術的フィードバックについて否定的な発言をしたことになります。

「市販車への技術的フィードバック」は、自動車やバイクのメーカーがモータースポーツへ携わる理由のひとつとして耳目にふれることが多いものですが、実際のところはどうなのでしょうか。

1989年のオーストラリアグランプリを戦うマクラーレン・ホンダのアイルトン・セナ。カーナンバー「1」は当時、前年チャンピオンの証だった(写真出典:ホンダ)。

 中断をはさみつつも50年以上にわたりF1へ携わってきたホンダは、現在のレギュレーション(ルール)下での参加について「意義がある」といいます。

F1の技術は市販車の数年先を行っている?

 ホンダはこれまで、ワークスチーム(レースに自己資金で参戦する自動車会社のチーム)、あるいはエンジン(パワーユニット)供給メーカーとして長年、F1に参戦してきました。1964(昭和39)年にワークスチームとして初参戦したのち3度の中断をはさみ、現在の参戦は第4期にあたります。

ホンダ創業者の本田宗一郎氏と、F1初参戦にむけ制作されたレースカーのプロトタイプRA270(写真出典:ホンダ)。

 マクラーレンチーム(イギリス)へエンジンを供給するF1第4期活動についてホンダは、「市販車への技術的フィードバック」という観点から、「環境技術を意識した現在のレギュレーションは、ハイブリッドシステムをはじめ先進のエネルギーマネジメント技術を常に追求してきたホンダにとって、将来技術の開発や技術者の育成などに意義がある」と考えているそうです。

 また、ニューウェイ氏による今回の発言から話題になったF1のハイブリッド技術については、次のようにも話しています。

「排気ガスエネルギー回生(MGU-H)技術は『将来に向けた技術』と認識しており、内燃機関(ICE)の燃焼技術の研鑽は今後の量産開発にフィードバックが期待できると考えております」(ホンダ)

 直ちにフィードバックされるわけではないようですが、いまのF1技術が将来の市販車に生かされると、ホンダは見ているようです。

 ではこれまでのF1参戦から、実際にホンダの市販車へフィードバックされた技術はあるのでしょうか。

ホンダが市販車に生かしたF1の技術とは

 ホンダのF1第2期活動はエンジン供給メーカーとしてのものです。この間、たとえば1988(昭和63)年には年間16戦のグランプリ中15勝を飾るなど、「最強」との呼び声をほしいままにしました。第3期活動も当初はエンジン供給メーカーとしてのものでしたが、2006(平成18)年から2008(平成20)年まではワークスチームとして参戦していました。

 ホンダによるとこの第2期、第3期の活動でつちかった「高回転化」「燃焼改善」「フリクション低減」といった技術が、量産エンジン開発に生かされているといいます。「フリクション」とは、エンジン内部でピストンなどの部品が運動するに発生する摩擦のこと。それによってエネルギーが失われるため、これを低減するということはエネルギー効率を改善するということで、すなわち燃費改善にもつながるのです。

「車体の領域では、空力開発におけるシミュレーション技術や計測技術が、量産車にフィードバックされています」(ホンダ)

 では、かつてF1に参戦していた国内自動車メーカーのもう一方、トヨタにおいてはどうなのでしょうか。同社によると、「『おさかなちゃん』が生きている」そうです。

F1から生まれたトヨタの「おさかなちゃん」

 トヨタは2002(平成14)年から2009(平成21)年までの8年間、ワークスチームとしてF1に参戦。チーム所属ドライバーの合計獲得ポイントで争う「コンストラクターズタイトル」の最高成績は、ヤルノ・トゥルーリとラルフ・シューマッハを擁した2005(平成17)年の4位で、8年間で優勝こそなかったものの、表彰台(3位以内入賞)13回、ポールポジション(予選1位)3回といった成績を残しています。

 この活動を通し、市販車へとフィードバックされた技術のひとつが「おさかなちゃん」です。

「社内で『おさかなちゃん』と呼ばれている、突起のようなパーツがあるのですが、これは、水中を泳ぐのが一番速いカジキマグロにヒントを得たもので、最初はF1の空力パーツとして開発されました」(トヨタ)。

2014年4月にマイナーチェンジした「ヴィッツ」の、テールランプ側面部にある突起が「エアロスタビライジングフィン」(写真出典:トヨタ)。

 通称「おさかなちゃん」、正式には「エアロスタビライジングフィン」という名称のパーツ。トヨタがこれを最初に採用した市販車は、2011(平成23)年9月発売の9代目「カムリ」で、ドアミラーの付け根に設けられていました。

「現在ではすべてのトヨタ車において見られるパーツですが、ボディのどこに取り付ける、という性質のものではなく、車種によってさまざまな位置に採用されています」(トヨタ)

 このように、市販車へ反映されているF1の技術は実在します。しかし、たとえばホンダが2017年現在のF1におけるハイブリッド技術を「将来に向けた技術」と認識しているように、また、トヨタの「エアロスタビライジングフィン」を装着した市販車の発売が、同社のF1撤退から2年後だったように、ただちに反映されるものではないといえるかもしれません。

 ニューウェイ氏の発言の真意は定かではありませんが、いまのF1に見られる最新技術も、2020年ごろにはあらゆる市販車に採用され、ごくありふれたものになっている可能性がないとは言い切れないでしょう。

【写真】セナ、モナコ5連覇への第一歩

1989年、マクラーレン・ホンダのアイルトン・セナはモナコグランプリで勝利。この年からセナは同グランプリ5連覇を飾る(写真出典:ホンダ)。