横綱になってどこが変わった?(日本相撲協会公式HPより)

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 経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になった著名人をピックアップ。記者会見などでの表情や仕草から、その人物の深層心理を推察する「今週の顔」。今回は、一躍時の人となった稀勢の里関を分析。

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「愚直」という言葉が、これほど当てはまる力士もいないだろう。19年ぶりに日本出身横綱となった稀勢の里を評する時、もっとも使われてきた言葉だ。

 愚直とは、正直なばかりで臨機応変な行動を取れないことを意味する。悪くいえばバカ正直だが、辛いことや困難なことがあっても、あきらめずひたむきにしぶとく、まっすぐに物事に取り組むことをいう。

「ちょっとかんだ」とはにかんでいたが、横綱昇進伝達式での口上は「精進します」というシンプルなもの。「自分の今の気持ちをそのまま」「ありのまま」を込めたという口上は話題になり、父・萩原貞彦さんは「まさに性格が出ている」と会見で語った。

 自分の言葉で横綱への思いを表した稀勢の里。思いだけでなく、自らの感覚を言語化する力の重要性を、横綱白鵬のスポーツトレーナーを長年務めてきた内藤堅志氏は、その著書でこう語っている。

《「自分が取り組んでいるスポーツ、仕事、趣味などで自分らしくふるまえる、活躍していける素地は誰にでもあるが、問題はそれがうまく表現できるかどうか」である。うまくできない時、そこから抜け出すためには「頭の中にあるものを言語化し、しっかりと認識する(体系化する)」》(『白鳳のメンタル 人生が10倍大きくなる「流れ」の構造』<講談社+α新書>)

 内藤氏によると、成功する人は“流れ”を持っているという。この流れを作るには、うまくいく時の流れや勝った時の感覚「勝つための感覚」を言葉にして、認識して、自分で知ることが必要である。感覚は失われやすいが、言語化する力があることで、ふだん稽古で身に付けたものが失われない。そして感覚を実際の強さにするためにすり足などの稽古をして型を作り、力が出せる状態“流れ”を作る。

 昨年は優勝なしで年間最多勝に輝いたが、インタビューでは「やることは変わらない」と悔しさを滲ませていた稀勢の里。だが年末には、部屋が土俵を崩したため、武蔵川部屋に出向いて四股を踏み、すり足を延々とやり「基本をだいぶやっていた」という。

「特別な言葉はいらない」と口上前に語っていたように、「勝つための感覚」を持続させ、自分の力が出せる状態“流れ”を作り、それを自分の武器にするために最も必要なのは特別なことではなく、「精進」という言葉で表された相撲への取組み方や意識、感覚なのだろう。

 さて、そんな稀勢の里だが、これまではマイクを向けても、蚊のなくような小さな声で早口で話し、聞きとりにくいと言われてきた。何が彼の声を小さくさせたのだろうか?

 小さな声で話す人の特徴を、心理学者のリリアン・グラスは、「彼らの本当の姿は話し方とは正反対である」と語っている。内面に大きな攻撃性を潜ませているというのだ。まっすぐ突っ込んでいく稀勢の里の相撲が思い浮かぶ。

 だが「大きな声で話して人に聞いてもらう価値が自分にはないのではないか」と感じている可能性もあるという。早口になるのは、感じている怒りやストレス、自信のなさを、無意識に急いで吐きだそうとしているためらしい。

 期待に応えていないという思いが、彼の声を小さくさせていたのか?  もともと早口ではあるようだ。会見やインタビューは多くを語らず、得意ではないと聞く。普段は明るいが、人見知りで恥ずかしがりとも言われている。だが、横綱となった稀勢の里の声は力強く、はっきりしていた。

 グラスは、「声は人の心の奥にある考えや気持ちを伝えるガイド」と言っており、声は脳内の感情をつかさどる部分と結びついているため、感情の変化によって声の変化がおこるという。

「もっともっと強くなって恩返ししたい」。稀勢の里の声はこれまでとトーンも音色が変わり、蚊のなくような口調から、内面の強さ、率直さ、頑固さ、正直さ、そんな性格を思わせる声、落ち着いた自信のある声に変わっていた。

「どんな横綱になりたいか」と聞かれた時は、一瞬、考え込むような間の後に「もう負けられない」と低い声で言い、大きく長く息を吐いたのが印象的だった。

 優勝を意識した途端、それを逃してしまった苦い過去が思い出され、大きく息を吐くことで気持ちを静めたかったのだろうか。それとも、そんな過去を吐きだしてしまいたかったのだろうか。「負けられない」という表現に、横綱となった責任が感じられる。

 そして「もっと強くなって、もう負けない力士に」と続けた。「もう」という言葉を繰り返したのは、味わってきた悔しさ、情けなさ、やりきれなさといった感情は二度とごめんだ、という思いが強かったのだと思う。

 勝ちたいと思えば緊張する。緊張すれば身体は固くなり、自然に動かなくなってくる。昨年、土俵下で微笑んでいる稀勢の里が話題になったことがあるという。勝とうと思えば、表情は固くなる。緊張をほぐすために顔の筋肉を緩めたのかもしれない。だが、その時の微笑みは勝つための“流れ”に入らなかったようだ。

「勝つ」「勝てる」ではなく「負けられない」「負けない」という表現を使っているのも稀勢の里らしい。横綱になったとはいえ、強い3人の横綱が彼を待ち構えている。今場所は横綱日馬富士と鶴龍が休場したこともある。まだまだ追う立場、挑戦する立場という意識もあるのだろう。

「小さい時からのあこがれ」だったという雲竜型の奉納土俵入りを、しっかり前を見据えて見事にこなしてみせた稀勢の里。久しぶりに楽しみな4横綱時代が到来した。