1961年に重慶市で生まれた孫玉平さんは78年に重慶建工学院に入学し、土木エンジニアリングを専門に学び、卒業後は同校の教壇に立った。

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1961年に重慶市で生まれた孫玉平さんは78年に重慶建工学院に入学し、土木エンジニアリングを専門に学び、卒業後は同校の教壇に立った。(文:周盈。華龍網掲載)

▼奨学金で日本に留学、伴侶見付けてから出国

85年に留学資格を取得した孫さんは、「あの時代、公費留学の試験を受けて合格するのはとても難しかった。大学院生として合格するのは受験生のわずか10分の1で、留学できるのはその4分の1だけだった」と語る。

孫さんら留学資格を取得した人は出国前、東北師範大学でまず日本語を9カ月学んだ。集まっていたのは全国から来たエリートばかりで、みんな落ちこぼれないようにと必死に勉強していたという。

出国前の準備について、孫さんは、「まず、重慶出身の結婚相手を探した」と冗談交じりに語り、結婚してから86年に、日本の福岡県にある九州大学に留学したという。妻は仕事を辞めて、後から日本に来て、専業主婦として孫さんを支えた。

▼四川大地震きっかけに耐震構造「LIFE平方」開発

92年、孫さんは博士課程を修了し、九州大学で職を見つけて、「鉄筋コンクリート構造」の研究を始めた。そして、2006年、職場を神戸大学に移した。

08年5月12日、四川大地震が発生。孫さんはその1週間後に、帰国して被災地の映秀鎮を訪問した。被災地を訪問した孫さんは、一から立て直すほかない崩れ落ちた数多くの母屋を目にした。大地震にも耐えられる建物を作り、被災者が被災後一日も早く普段の生活に戻れるようにしなければと、孫さんは新型の耐震性構造の研究・開発をすることにした。

日本に戻った孫さんはすぐに研究に取り掛かった。取材で訪れた試験場には鉄筋コンクリートの模型がたくさん置かれており、「試験は基本的に成功」と孫さん。「この新型耐震構造では、一部の梁・柱を地震のエネルギーを吸収し、壊れてもいい部分として設計している。一部の梁・柱が壊れても、全体の構造としては大きな影響を受けないようになっている」という。

6年間試行錯誤して、孫さんは、これまでの「小さな地震では壊れることなく、中型地震では修理可能、大地震が来ても倒れない」という理念に革命をもたらし、「大地震でも修理可能で、中型、小型地震ではびくともしない」という新しい理念をもたらした。これにより、「まずは命を守る住宅」から「生活を確保できる住宅」にレベルアップした。孫さんはこの新型耐震構造を「ライフ平方」と呼んでいる。

▼リビングには中国の国旗

孫さんの家には家族や友人たちの写真で埋め尽くされた壁があり、その一番上には中国の国旗が飾られている。中国の国旗はずっとリビングに飾られている。

四川大地震の後、孫さんは何度も帰国して復興事業に参加し、震災後の防災、復興などのさまざまな面で貢献してきた。そして、日本の耐震技術を中国の同業者に紹介して来た。また、日本で地震を専門に研究する孫さんは日中の耐震技術者の育成プロジェクトにも参加しており、何度も北京や上海、西安、ウルムチなどに足を運び、防災・救助の研修も行ってきた。

孫さんは現在、西南交通大学や重慶大学、鄭州大学など中国の多くの大学で客員教授も務めている。「故郷に有益なことなら、何でもしたい」と孫さん。(提供/人民網日本語版・編集/KN)