認知症の老親「ドッグセラピー」で復活するか

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■なぜ、犬がいると認知症患者は笑顔になるのか?

特別養護老人ホームや介護老人保健施設を見学したことが何度かあります。

施設内で提供されるサービスはいろいろありますが、なかでも入所者の素の表情を見ることができるのが、レクリエーションです。

職員がリードして、歌を歌ったり、軽い体操をしたり、しり取りをしたり、お手玉を投げて的に当てるといったスポーツ的要素のあるゲームをしたり、塗り絵をしたり……。

高齢者施設で行われるレクリエーションは単に娯楽という目的だけでなく、適度に体を動かすことで身体機能の維持を図ったり、指先や脳を使ったりすることで認知症の発症や進行を遅らせるといった効果が考慮されているそうです。

見学した施設はどこも、入所者の方々を飽きさせないよう多様な工夫を凝らしたレクリエーションを行なっていましたし、リードする職員も楽しんでもらおうと一生懸命で好感が持てました。

ただ、様子を見ていると、参加者全員が楽しんでいるという感じではない。

嫌々参加しているのか、それとも認知症のせいなのか、職員の呼びかけに応じない人が数人いました。色々なタイプの人がいて求めるものも異なる高齢者施設では、こうした温度差が生じるのは仕方がないのかな、と思っていたわけです。

ところが、昨秋、ある施設を見学させてもらったところ、そんな印象を覆す光景に出合いました。フロアに集まった15人ほどの高齢者全員がにこやかな表情で、穏やかな空気が漂っている。楽しい時間を共有しているという感じなのです。

そのにこやかな視線の先には3匹の小型犬がいました。

ある人は犬をひざの上に乗せ体をいとおしそうに撫でている。おやつをあげている人もいる。また、ある人はボールを入所者に投げてもらって遊んでいる犬をニコニコしながら目で追っている。職員の方に聞くと「ドッグセラピー」とのこと。月に一度、ドッグセラピストとともにセラピー犬が派遣されて、入所者(希望した方)とともに過ごす時間を作っているそうなのです。

■なぜ動物には「セラピー効果」があるのか?

アニマルセラピーという人の気持ちを和らげる活動があります。

動物の体に触れたり、そのしぐさを見せたりすることで心身の緊張をほぐし、ストレスを軽減する治療法です。動物には人の心を癒す力があるようで(種類や性質にもよるでしょうが)、馬やイルカなどと触れ合うことで病気を伴う症状を軽減しようという試みが実際に行われています。

ペットを飼うのもそのひとつでしょう。ペットを心の支えにしている人は少なくありませんし、認知症予防の効果があるともいわれています。また、最近では「猫カフェ」をはじめとした、さまざまな動物がいるカフェが登場し、愛好者の癒しの場になっています。

それらと同様に、高齢者施設でもアニマルセラピーが導入されていたのです。動物は多くの人から愛される犬。それがドッグセラピーというわけです。

ともあれ、少なからず楽しめていない人がいたレクリエーションとは異なり、ほとんど全員の人を笑顔にしていたドッグセラピーの効果には目を見張りました。

それを知り合いのケアマネージャーに話したところ、ドッグセラピーに力を入れている施設を紹介してくれ、見学させてもらえることになりました。

埼玉県川越市にある主に認知症患者を対象にした医療を行っている「トワーム小江戸病院」です。同病院では、リハビリテーションやレクリエーションを目的に医療チームとドッグセラピストが連携して行う動物介在療法としてドッグセラピーを実施しているそうです。話をうかがったのは鈴木貴勝副病院長。

「当病院は2008年に開院し、今年で9年目を迎えました。できるだけ薬に頼らない方針も掲げており非薬物療法に重きを置いています。畑で野菜や植物を育てる園芸療法や音楽療法なども行っていますが、なかでも力を入れているのがドッグセラピーです」

導入されたのは、アニマルセラピーの効果に着目したスタッフが提案したことがきっかけ。同病院を運営する医療法人社団「松弘会」の前理事長が大の犬好きだったこともあって、その提案が通り始められたそうです。

開院時からドッグセラピストを務めてきたのが小林美千代さんはこう話します。

「当初はセラピー犬1頭(介助犬などの訓練を受けた犬は「匹」ではなく「頭」と数えるそうです)でスタートしたのですが、セラピーの効果は確認できましたし、患者さんやそのご家族からも喜んでいただけたので内容を拡充。現在では専従のセラピストが私を含めて5人(全員が若い女性)、セラピー犬は14頭になっています」

■トイ・プードル、ミニチュア・シュナウザー、スピッツ……

セラピー犬は一部を除き、各セラピストの愛犬だそうです。自宅でともに生活し、朝は病院まで一緒に通勤。日中はドッグセラピーを行ない、それが終わると一緒に帰宅するという生活をしています。

ドッグセラピーを行なっている施設や病院はありますが、その多くはセラピー犬を飼っているセラピストがボランティアで週に一度、あるいは月に一度といったサイクルで実施する形をとっています。同病院のように専従のセラピストを雇用し、毎日ドッグセラピーを行なっているところは珍しいそうです。

なお、ドッグセラピストは国家資格ではありませんが、専門知識を必要とするため、アニマルセラピー養成科がある専門学校で学んだ人がなるケースが多いとのこと。

同病院でセラピー犬として活躍しているのは、トイ・プードル、ミニチュア・シュナウザー、日本スピッツなど。ラブラドール・レトリバー、スタンダード・プードルなどの大型犬も3頭いますが、他はすべて可愛らしい小型犬です。

ただ、小林さんによれば、セラピー犬に適した犬種はとくにないそうです。セラピー犬として活躍する条件は犬種よりも、その犬が持つ性格が重要。人間が好きで人見知りしない、気性が穏やかで他の犬とケンカをしない、といった性格を持っていればセラピー犬にすることが可能だそうです。

そうした犬に「待て」「おすわり」といった基本的なしつけを教え、車椅子などの医療・介護器具に慣れさせる。加えて重要なのが健康管理。高齢者は免疫力が弱っていることから、感染症の予防注射や定期健診を行なったうえ、体の清潔を保つことが必要になります。そうしたハードルはありますが、同病院のようにセラピスト自身がセラピー犬を、愛情を持って飼うという形ならクリアできるというわけです。

「それでも100人にお1人ぐらいは“犬は嫌、怖い”といった方がいらっしゃいます。そのため患者さんやご家族には入院時、アンケートに答えていただいています。犬は好きか嫌いか、飼ったことはあるか、動物のアレルギーはあるかといった内容です」

前出の小林さんによれば、“犬は苦手”と答えた人も時間をかけることで好きになる可能性はあるといいます。

「アンケートの情報をセラピスト全員が共有して、最初はその方の半径5m以内には犬を近寄らせないようにします。その方も他の患者さんが犬を抱っこしたりしているのを遠くから見ていらっしゃるわけです。ワンちゃんもセラピーの時はおとなしくしていますし、噛むこともない。日々、そうした光景を見ているうちに犬に対する抵抗感が薄れていくのです」

セラピストはそんな患者の様子を見ながら、犬が近づく半径を少しずつ狭めていく。

そのようにして1カ月、あるいはそれ以上かかる人もいますが、多くの方が足元に近づいても平気になるそうです。

「そして、もうこの方は大丈夫と判断できると、セラピストが抱いて行って、“撫でてみませんか?”とお声がけします。最初は、恐る恐る。でも、犬はおとなしくしていますし、その手触りや感じる体温が心地よい。新たな発見をしたという感じで、笑顔になられます」

同病院では、このような細やかな配慮のもと、ドッグセラピーが行われています。

次回は実際に見学したドッグセラピーの様子や、どのような効果があるかといったことをレポートします。

(相沢光一=文)