制作から20年、青春恋愛ドラマの決定版「耳をすませば」が本日オンエア。
うかつに観ると、ストレートな青春が眩し過ぎて苦しくなる、と悲鳴があがるくらいの傑作。


「お前さぁ、コンクリートロードはやめた方がいいと思うよ」

今回は、天沢聖司役の声優・高橋一生、本格ブレイク後の初オンエアとなる。
高橋はこの時、14歳。まだ少年の声を聞かせてくれる。収録直後に変声期を迎えたらしい。
今季注目のドラマ「カルテット」(第1話レビュー)で、聖司と同じ弦楽器(バイオリンではなくヴィオラ)を弾いている。
途中で骨董屋・地球屋の主人ら3人と共に「カントリーロード」を演奏するシーンがあり、「カルテット」である(タンバリンやコルネット、リコーダーがまじってて、弦楽四重奏ではないけど)。
しかも、ドラマ「カルテット」にはもたいまさこ、「耳をすませば」には室井滋(主人公月島雫の母・朝子)が出演。「やっぱり猫が好き」な組み合わせ。猫といえば「耳すま」では重要な役目を担う存在……!

さて、妄想はこれくらいにして、「耳をすませば」である。
この映画には原作の少女漫画がある。


映画化のきっかけは、宮崎駿(脚本・絵コンテ・制作プロデューサー)が、夏合宿の山小屋で、親戚の子が残していった「りぼん」を読んだことと言われる。その中に連載中の柊あおいの「耳をすませば」があったのだ。
大まかなストーリーは同じ。だが、映画化でかなりのアレンジもされている。変更点から「耳すま」の魅力に改めて迫ってみたい。

聖蹟桜ケ丘、ではない?


映画の舞台である杉の宮の町や駅のモデルが、非公式ながら聖蹟桜ケ丘なのは有名な話。雫たちのつかう最寄駅の向原は、踏切の位置などから、聖蹟桜ケ丘の隣駅・百草園駅だとされている。しかしこれは映画版の聖地。原作では、京王線もファミリーマートも愛宕団地も天守台もいろは坂も金比羅神社も大栗川も第一勧銀も出てこない。

原作には「県立」向原中学校と明記されているし、あとがきには「小中学校生の頃、毎週楽しみに通っていた県立図書館、いつかそんな本好きの女の子の話を描きたいとずっと思っていた」とある。つまり、原作の舞台は作者の柊あおいの故郷、栃木の壬生町と考えるのが自然である。(映画では市立図書館になっている)。

雫に「コンクリートロード」で「森を伐り、谷を埋め」と、自由な訳をさせたり、答案用紙に「開発」と書かせたり。その映画の冒頭、オリビアニュートンジョンの「カントリーロード」にのせて映しだされる夜景は、「平成たぬき合戦ぽんぽこ」で、森が拓かれた後のラストシーンと全く同じ景色なのは有名な話だ。
とは言え、映画でも舞台が多摩であるとは言っておらず、あくまでもどこかの架空の町という設定である。ちなみに姉の汐が出かけていた新潟は近藤の故郷。だが原作の汐は、最初から最後まで家にいる。

おっとりしている姉


姉の汐は、映画では一家の家事を取り仕切るしっかりものの大学生として描かれているが、原作ではおっとりした高校生だ。雫も映画では中三だが、原作では中一。受験や進路といった状況を活かすために変更したのだろう。

生活感


映画では、雫の暮らす月島家は団地住まい。階下の蛍光灯には虫が集まり、家の中には生協の箱や古新聞、収まりきらない蔵書に、下駄箱に入りきらない長靴、2層式洗濯機に湯沸かし器とその横に吊るされたふきんなど、とにかく物があふれている。
しかし原作ではそこそこ大きな一軒家で、姉妹の部屋もそれぞれ個室である。部屋を二段ベッドで姉妹で仕切るような哀愁のある工夫や、炊飯器の下に台を置き、できたわずかなスペースに箱や瓶を置くといった「倉庫番」のような知恵も見られない。

聖司の兄とその彼女


原作では聖司の兄・天沢航司が登場。映画でも聖司は「末っ子」と言及されているものの、兄の登場はない。メガネをかけており、髪の色は白(というか紙面が白黒)なので金髪というか「はいからさんが通る!」の少尉みたいな感じか。下駄を履いたやや変わり者の美形。貸出カードの「天沢聖司」という名前が気になるという物語のきっかけは同じだが、違う本のカードに「天沢航司」という名前見つけて、雫が混乱するくだりがある。
原作では、聖司よりも先に航司と知り合う。そして航司は、なんと雫の姉・汐と恋人同士で、雫が二人のキスシーンを目撃するというショッキングなシーンも存在する。航司の不在が、原作との最も大きな違いと感じる。雫のことを「雫ちゃん」と呼ぶのはこの兄だけだ。

雫も恋愛相談


原作では、物語序盤、夕子が教室で恋愛相談をするくだり(映画では校庭のベンチ)で、雫も、まだ見ぬ「天沢聖司」が気になると打ち明けている。直後に夕子に「こんな人かもしれない」と警告されたが、そのイメージは詰襟に学帽とメガネという偏見にみちたクリシェである。

聖司の父親


聖司の父「天沢航一」(医者)という名前は映画には登場するが、キャラクターとしては出てこない(渡り廊下で、雫が決闘のごとく通り過ぎる時、聖司の横にいる偉人みたいな顔の男性が父親という説は根強い)。原作の兄の名前「航司」から「航一」と命名されたと思われる。原作の聖司は医者になることを求められ、進路に悩んでいる。

バイオリンを作らない聖司


原作の聖には。雫の気を引くために先回りして本を読んでいたという設定はない。あくまで自発的に読んでいる。ここがあるかないかで、いわゆる「天沢聖司ストーカー説」がだいぶ変わってくる。
そして、原作で聖司が打ち込んでいるのは、バイオリン製作ではなく絵を描くこと。

「カントリーロード」は一切なし


二人の最初に出会い。映画では校庭のベンチ、原作では、誰もいない教室。親友の原田夕子と別れ、忘れ物を取りに雫が一人で戻ってくるのは同じ。そもそも原作にはコーラス部の設定がないので、映画では重要な「カントリーロード」を訳すという使命もなく、当然雫の意欲作「コンクリートロード」が聖司に揶揄されることもない。
教室になぜかいた聖司は雫の忘れた本(「フェアリーテール」)を読んでいて、「今どき、妖精でもねぇよな」と吐き捨てて出て行く。この後、「ヤなヤツ ヤなヤツ ヤなヤツ ヤなヤツ!!」(原作ママ)につながります。映画では三回リフレイン。

猫は2匹


雫を地球屋に誘うキーマン(キャット)のデブ猫ムーンは、原作では細身の黒猫で、しかも2匹、ムーンとルナ。魔女の宅急便のジジとかぶることから変えたものと思われる。

座頭市のいる店


原作の地球屋の主人(聖司の祖父)は、映画の柔和な顔と違い、やけに苦みばしった、スリムな座頭市のような顔。薄暗い店内でのあれはなかなか怖い。そのためか、バロン(猫の人形)に見とれていた雫は、主人に声をかけられて慌ててジョン・レノンのようなメガネを買い、逃げるように店を出てきてしまう。修理中の古いからくり時計(「紅の豚」のポルコ・ロッソ表記が文字盤に)も登場せず、店主との触れ合いはほぼない。映画では「西司郎」と名前が出る。これで、天沢とのつながりが雫にはなかなかわからない。
店を飛び出した雫の忘れ物を届けるのも聖司ではなく航司。届ける物も、父の弁当ではなく(弁当自体出てこない)、メガネを買ったお釣りである。

壁に聖司の絵が


映画ではバロンの目の光「エンゲルス・ツィマー」について説明するのは、聖司だが、原作では、地球屋主人みずから説明している。その時、店内の壁にかけられた、神話にでてくるような「翼のあるライオン」の絵が聖司の作であることや、バカにしていると思われた「童話や夢物語」を実は聖司が好きであることが明かされる。同じ趣味とわかった聖司に、急激に惹かれはじめる雫。物語を書くことも聖司が提案する。

原作にしか出てこない町


映画では図書館も地球屋も杉の宮駅。原作では図書館は同じ駅だが、地球屋のある駅は「風町(かぜまち)」という違う駅で、猫のムーンを電車から追いかけるくだりもこの駅だ。

地球屋の構造


映画では丘の上にある立地を利用して、入り口の階の下にアトリエ(バイオリン工房)があるが、原作では、平地の三階と思われる場所(ハシゴで登る)にアトリエ(絵)がある。
そこで聖司は、雫の絵を描いていた、雫は、これを航司の彼女、つまり自分の姉・汐だと勘違いし、ショックをうける。
自分の物語ができたら、聖司に絵を描いて欲しいと願う。もしかしたら劇中劇「耳をすませば〜バロンのくれた物語」(雫が飛ぶやつ)の挿絵を聖司が描いていたかもと考えると楽しい。

好青年・杉村


雫に振られてしまう杉村は、原作では映画より線が細い。映画のような、トトロのカンタを大きくしたような、ヒリヒリする男の子っぽさはなく、もっとあどけない印象。物語の序盤で雫に杉村からの暑中見舞いはがきが届くエピソードもある。映画では野球部レギュラーだが、原作では一年のためか球拾い。映画では、杉村を振ってしまったことで、雫は余計に聖司を意識しはじめるように見える。

赤毛のアンがモデル


監督の近藤喜文は「赤毛のアン」テレビシリーズの作画監督やキャラクターデザインをしている。
親友の原田夕子の三つ編みにそばかすという外見は、原作をほぼ踏襲しているのだが、映画版ではどこか「赤毛のアン」なのはそのせいだろう。「アン」のアニメのファンである柊あおいは、近藤が監督をすることに驚いたという。
見た目は違うが、物語を創作したり、猫に話しかけたり、「まるで魔法みたい」「ひどい、不意打ちだわ、洞窟の生き埋めよ!空が落ちてきたみたい!」(映画)といった雫の会話センスにも、アン・シャーリーを感じる。
雫の見た目も基本同じで、原作でも、あの月亭可朝のようなカンカン帽を愛用。地球屋で購入した丸メガネを合わせる姿は完全に月亭雫だ。

影の薄い両親


原作の母親は専業主婦のようだ。
映画の序盤、忘れ物をしてあわてて戻ってきてすぐまた飛び出す母親を雫は「粗忽」と言っているが、原作の母親に粗忽さもはない。むしろ映画の汐に似た気の強い性格で、「おらおら」と雫をつねって叩き起こしたりする。
父親は図書館勤めはしているものの、映画のように地元の郷土史を研究している様子はない。
基本、両親と雫との存在は映画にくらべてかなり薄い。
高坂先生(保健室)のやたらサバサバした言動は同じ。名言「ほれほれ、読書カードと貸出カードを出す出す」は、原作では「ほれほれ、貸出カードを出す出す」と短め。雫の友人らが保健室でお弁当を食べるシーンはない。聖司の兄・航司を知っていて「変人」と評す。

一見同じシーンだが


雫が聖司に呼び出され、クラスメートが騒然となるシーンは同じ。だが、原作では、まだ二人に恋心が芽生える前、むしろ雫はバリバリ嫌悪感をもっている段階、神社で杉村に告白されて断る前である。時制が後である映画では騒ぐクラスメートの陰で憂いを帯びた表情を一瞬見せる、杉村だが、原作では「なんあいつ?」「今のやつ知ってる」とライバル心をむき出しにする。
屋上に逃れて話す内容は、兄と知り合いだったのかといったことで、映画のように聖司が海外へ行ってしまうことを告げる重い話ではない。
「クラスみな大騒ぎの中で一人落ち込む杉村」「騒ぎの中で、一瞬涙を見せる雫」といった対比を効かせた描き方は映画のオリジナルだ。

プロポーズ


映画ではプロポーズするのは丘の上(聖地としては耳丘と呼ばれる)。原作でも高台だが、こちらは城趾。絵を描く聖司は外国には行かないが、明け方、自転車で急に連れ去るところは一緒。原作では、姉に恋しているという誤解が解けるのがクライマックスになっている。
プロポーズの言葉は、

映画
「今すぐって訳にはいかないけど、俺と結婚してくれないか? 俺きっと一人前のバイオリン作りになるから、そしてら…」
「うん、…嬉しい、そうなれたらいいなって思ってた。」

原作
「月島、君が好きだ 今日もし会えたら言うつもりだったんだ。君が好きだ。」
「わたしも、あなたが好き。大好き」

ラストシーン


映画は告白後「雫大好きだ!!」と聖司が雫を抱きしめてエンドロールに移る。
原作では、映画にも登場する飛行船に、航司の計らいで乗ることになり(地球屋主人の知り合いが飛ばしていた)、姉妹と兄弟のダブルデート状態で飛行船に向かうところで、物語を閉じている。

「耳をすませば」の意味


原作では、雨天の読書中に貸出カードに「天沢聖司」の文字を見つけ、心のなかに「ピチャン」と雫の音を聞きとり、「心の中で音がする」と表現。聖司に、それが最近あまり聞こえないと相談し、その流れで物語を書くことを提案される。

隠れジブリや小ネタ


・ 雫の部屋(勉強机付近)に「魔女の宅急便」のキキらしき人形が。
・ クロネコヤマトのトラックがあからさまに2回ほど通過する。(姉に手紙を投げて渡された直後と、夕子と学校から帰る坂の上)
・ 学校の図書室の棚の斜めになっている本の背表紙が「TOTORO」の(黄色い服の
時)
・ 雫が読書しながら食べるお菓子は「ラッコのマーチ」。ただし、袋入り。
・ 電車の吊り広告には「Hanako」のロゴで「Taro」の文字。
・ 父親にお弁当を届けに乗った電車の窓から、「海がきこえる」の里伽子と拓の姿が。
・ 電車から猫を追いかけて見失った付近に、「週刊文春」の看板。
・ 険しい坂の細道を進む雫の足もとにボロボロに「日刊スポーツ」(エビスビールの文字が判読できる)。
・ 聖司と雫がカントリーロードを演奏中、乱入してきた地球屋主人・西司郎と二人の友人名前は南(蝶ネクタイ)と北(メガネ)。その声は、バロンと雫の飛翔シーンの背景を手がけた井上直久とお馴染み鈴木敏夫。井上渾身の「ナイスボーカール!」。このシーンももちろん映画オリジナル。
・ 図書館の本で、雫が目にする木版画は、宮崎駿の次男・宮崎敬介作。
・ 雫が書いている物語の回想中、バロンをつくった職人の作業台の上に小さなトトロの姿が。
・ のちの雫が書いたとされる、バロンが主人公の物語は「猫の恩返し」(レビュー)。原作で雫が書く物語に出て来る和装の猫には、若干猫王のしもべたちの面影あり。
・ エンドロールは小ネタ満載。ラストシーン、早朝からのひとびとの往来を通して、町の日常と一部「その後」を描く。杉村と夕子のシーンはいかにも甘いけれども、キャラとして切り捨てない優しさも感じる。このシーンがあるかないかで映画の印象も変わるはずだ。

耳をすませば」、今夜9時。
(アライユキコ)