ドナルド・トランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

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 1月20日、米国の第45代大統領にドナルド・トランプ氏が正式に就任した。就任演説でトランプ大統領は強い米国の“再建”を呼びかけ、米国の労働者の手で道路や鉄道、トンネルなどのインフラを再整備すると強調した。そして、米国民の利益を第一に考え、通商政策や外交政策を進めるとも述べた。それを実践するために、同氏は「米国第一主義」に基づく保護主義政策を強調した。米国が企業を自国に連れ戻し、雇用や輸出を増やそうとしていくことが、世界経済にどのような影響を与えるか、冷静に考える必要がある。

 保護主義政策には短期的にはプラス、そして中長期的には無視できないマイナスの影響がある。現在の米国経済は、緩やかな景気回復を続けている。その中で保護主義政策が進むと、一時的に景気回復が加速するとの見方は強まる可能性がある。ただ、景気回復がいつまでも続くわけではない。世界経済を支えてきた米国経済への懸念や、各国で自国第一の政治が進むと、徐々に保護主義政策の弊害が明らかになるだろう。トランプ政権の今後についてはさまざまな見方があり状況は移ろいやすい。そのなかでも、保護主義政策が世界経済の不確実性を一段と高める可能性がある。

●保護主義政策を進める米国
 
 選挙戦中、トランプ氏は米国の経済を守り、鉄鋼業などのオールドエコノミーの復興を目指し、雇用を生み出すと主張してきた。同時に、同氏は中国やメキシコ、日本など米国への輸出の多い国を批判し、米国にとってプラスとなる通商政策を実現すると述べてきた。それは、グローバル経済が進行する中で雇用を失った米国の労働者(有権者)には耳触りの良いものだったはずだ。

 こうした主張の通り、トランプ政権は米国第一を目指し、製造業の回帰、雇用機会の創出を重視している。この点で、政府は各種政策のなかでも経済対策に注力するだろう。

 そこで重要なのが保護主義政策だ。現在の世界経済を見渡すと、需要は供給を下回っている。特に、中国では鉄鋼や石炭などの業種で過剰な生産能力の解消が進んでいない。そのため、世界経済全体の潜在成長率は低下傾向にある。米国でも、賃金の増加ペースはリーマンショック前に比べ低調だ。

 このなかで経済成長率を高めるには、構造改革を進めて産業の創造的破壊を進めることが必要だ。それがイノベーションである。問題は、構造改革には一時的な失業の増加など、“痛み”が伴う。先行きの成長期待が抱きづらいなか、米国の社会が中長期的に必要な措置を受け入れ、一定の痛みに耐えられるかはわからない。こうして米国の政治は目先の民衆の満足を重視する“ポピュリズム政治”に流れてきた。これは欧州にも当てはまる。目先の成長を重視すると、どうしても自国の産業や雇用を守ることが優先されやすい。

 保護主義政策の手始めとして、トランプ大統領は企業に、米国向けの製品を米国で生産するよう求めている。就任とともに、トランプ大統領はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、NAFTA(北米自由貿易協定)の離脱を表明した。そこには、国際社会に脅しをかけ、米国に有利な条件を引き出す狙いがあるのかもしれない。トランプ大統領は各国に、駐留米軍のコストを負担するよう求める可能性がある。これも、一つの交渉手段に使われるかもしれない。

●保護主義政策の影響

 トランプ大統領は就任以前から、ツイッターを通して企業が米国向けのモノを輸入する場合、“国境税”をかけると脅してきた。脅迫を受け、自動車、IT企業を中心に、米国での雇用や設備投資を増やすことを表明する企業が出ている。足許、米国の労働市場は改善基調にある。そのなかで企業が採用を増やせば、労働市場は一段とひっ迫するだろう。そして、設備投資は米国への資金還流を支える。そのため、短期的に景気への期待は高まり、金利の上昇、ドル高がサポートされやすい。保護主義政策には一時的な効果がありそうだ。

 それ以上に、中長期的にはマイナス面が懸念される。世界経済全体が需給ギャップに陥るなか、一国が需要を独り占めしようとすると、その分、他国の成長に影響が出る。この影響を回避しようとすると、どうしても各国の政治は自国を優先し、需要を囲い込もうとするだろう。すでに、EU単一市場からの離脱を表明した英国は、米国の保護主義に近寄り、恩恵に与ろうと考えているようだ。

 一方、今後は米国に対抗して輸出振興を重視し、通貨の切り下げや貿易競争を仕掛ける国も出てくるはずだ。関税の引き上げなど、米国への報復措置も増えるだろう。こうしてグローバル化を支えた自由貿易体制は修正を余儀なくされ、世界経済は縮小均衡に向かうと考えられる。

 トランプ政権は、各国と自由貿易協定(FTA)を締結すれば、自由貿易は存続可能だと考えている。しかし、保護主義政策への警戒感は強い。交渉は簡単には進まないだろう。特に、通商協定の締結には中長期的な時間が必要だ。結局、米国の保護主義政策は世界経済の需要を先取りして、目先の消費や投資につなげることにほかならない。米国政府が進めようとしているインフラ投資は、鉄鋼など重厚長大な産業への支援措置だ。その効果も、一時的なものに留まるだろう。このように考えると、保護主義政策のマイナス面は無視できない。最終的に、米国の景気回復の持続性が重要になる。

●世界経済の不確実性上昇

 リーマンショック後の世界経済は、2009年から11年半ばごろまでは中国の財政出動に支えられた。それから現在まで、世界経済は米国の緩やかな景気回復に支えられている。新興国では中国を筆頭に、債務の増加や成長率の低下から資本が流出している。米国に代わる支えは見当たらず、その景気動向次第で、世界経済の不確実性は高まりやすい。

 いつまでも米国の景気回復が続くわけではない。過去、平均的な米国の景気拡張期間は5年だった。現在、景気の拡張は7年を超えたようだ。経験則では、徐々に景気のピークは近づいている可能性がある。米国政府は景気の息切れが見え始めた段階で、インフラ投資を進めれば景気を支えられると考えているのかもしれない。しかし、財政均衡を目指す共和党が、減税、インフラ投資計画をすんなりと受け入れるだろうか。その点は不確実だ。

 今のところ、米国政府は長期のドル高は重要であるとしつつも、足許はドルが強すぎると考えている。それでも、世界経済全体を見渡すと、物価上昇や利上げが期待できるのは米国だけだ。保護主義政策が目先のドル需要を支えるとの見方もある。大統領選挙後ほどではないにせよ、短期的に、主要通貨対比で考えるとドルは買われやすい。

 ドル高は米国企業の収益を押し下げる。それに加えドル買いは新興国通貨の下落につながり、債務問題への懸念が高まる恐れがある。すでに、中国、トルコなどではドル高の影響から短期金融市場の流動性が枯渇し始めた。中国の外貨準備残高の減少なども不安材料だ。世界経済全体が、ドル高の影響を吸収できるだけの余力を備えられていない。

 以上のように考えると、米国が保護主義政策ではなく、グローバル化の意義を再認識できるかが世界経済の安定には欠かせない。どのような意図があるにせよ、米国が自国優先の考えを続けることには無理がある。仏大統領選や英国のEU離脱交渉の影響など、政治に起因する不確実性要因も多い。米国の保護主義政策の進行とともに、世界経済の不確実性は高まるだろう。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)