2017年の初めに当たり、十干十二支の話から始めてみたい。資料写真。

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2017年の初めに当たり、十干十二支(じっかんじゅうにし)の話から始めてみたい。日本では「今年は何年?」「ああ、酉(とり)年だよ」といった会話がときどきあるかもしれない。こちら韓国では、十干の部分も表現し「丁酉年(ひのととり、ヂョンユ ニョン)」という言葉を使う。

この十干十二支という概念は陰陽五行説からきているもので、十干の「丁」は陰の火を表し、十二支の「酉」は陰の金を表すという。「火」と「金」ということで相剋(火剋金、つまり火は金を溶かす)を象徴する年となっている。

くしくも420年前の1597年の「丁酉年」は豊臣秀吉による2度の役のうちの2度目「慶長の役」があった年で、韓国では慶長の役を「丁酉再乱」(ヂョンユ ヂェラン)と呼ぶ。「再乱」というのは2度目の乱という意味だ。ちなみに1度目は1592年の文禄の役。5年後に再来したわけである。

話は変わるが、干支に関係した内容なので書いておこうと思う。筆者の大学での日本語の会話クラスは、いつもいろいろな話が飛び出して面白い授業となる。冬休みに入る前のある日の授業は、動物やペットなどをテーマに話した。

ある男子学生がこんな話をした。「小学生の頃、母が子犬をどこかからもらってきました。皆大喜びです。“ミニ”と名付け、母がいちばんかわいがっていましたが、6カ月くらい過ぎた頃、犬はどこかに行ってしまいました。いくら待ってもそれきりでした。しばらくするとまた母が子犬をもらってきました。その犬の名も“ミニ”でした。この犬も皆でかわいがりましたが、ある日突然あちらの世へ旅立ってしまいました。またしばらくして3匹目の犬が来ました。これにも“ミニ”と名付けました。3代目の“ミニ”というわけです。でもこの犬も1年くらいするとどこかに行って行方不明になってしまいました。こうして4代目の“ミニ”までうちに来ましたが、全部1年以内くらいでいなくなってしまいました」。

非常に面白く印象的な話だったので、うちに帰って家族に話してみた。すると妻が「その家の誰かが寅(とら)年だと思うわ」と言う。寅年の人が家の中にいると犬が育たないということわざのような言い伝えのようなものが、ここ韓国にはあるのだそうだ。

1週間後、その学生に会ったので聞いてみた。「君の家族の中に寅年の人がいるかい?」「私は午(うま)年で、弟は酉年です。父と母はちょっと分かりません」ということだった。「そうか。寅年の人はいないのか」。そんな会話をして別れたのだが、2時間くらいたって、彼が私の研究室に来て言った。「実家に電話して母に聞いてみました。父も母も寅年ではありませんが、私が小学生の頃、おばあさんがいたんです。おばあさんが寅年だということでした」「おおっ、そうかい。いやあ驚きだ。本当に寅年の人が家族の中にいたんだねえ」。こんな会話をして学生を送ったのだが、本当に寅年の人がいる家庭では、犬が育たないのだろうか。不思議な話ではある。犬を飼っている人に聞いてみたいところだ。

日本の場合、最近では寅年とか戌(いぬ)年とか子(ね)年という干支は、ほとんど話の上にのぼらなくなって久しいのではないだろうか。「君は何年?」という会話はほとんどした記憶がない。同級生が集まって「俺たちは午年だからねえ」などと話すことは何度かあったけれど。でも、生まれから運勢を占うような本は、おそらく今でも市井に出回っているはずである。

占いは当たるもはっけ、当たらぬもはっけといったところであろう。あまりハマリ過ぎるのは良くないように思う。ただし筆者は、占いとか風水とか四柱推命といったものがすべて無意味だとも思っていない。先人たちの深い知恵が集約されており、粗末にすべきではないものと認識している。ただ自分ではあまり深入りしないだけである。

寅年の人のいる家庭では犬が育たないというテーゼであるが、韓国で生活している中で今まで2、3回「そうだよ」という人に会ったことがあるから、あながちまったくのうそ話でもないみたいだ。ちなみに人間の場合についてちょっと調べてみたら、寅年の人と合わない人は「丑(うし)年、卯(う)年、巳(み)年、申(さる)年」の人で、「戌年」の人ではないとあった。ヒトとイヌとではもちろん違って当たり前といったところか。

■筆者プロフィール:木口政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年〜現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。