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 では、中国共産党はいつ日本に対してはっきりと戦争賠償の放棄を明言したのだろうか。

 『中国共産党党史資料・第七十四輯』に集録された「中国共産党の対日政策の形成および変遷(40年代後期〜50年代中期)」を題とした文章では、「1955年11月、片山哲・日本元首相が団長で、日本労働組合総評議会議長の藤田藤太郎が副団長を務めた憲法擁護国民連合代表団が訪中した際、周恩来は片山氏らに対して『……中国共産党と中国政府は、中国と日本両国民の子々孫々の友情という長期的な利益から、50年代にすでに日本に対して戦争賠償請求の放棄を決めた』とはっきりと口にした」と記してある。

 また、1957年に訪中した松本治一郎・日中友好協会初代会長と会見した際、周恩来が「日本国民には罪はない。中国(共産党)は日本に賠償を要求するつもりは全くない」と話したという。

 1972年に日中両国国交を樹立した際に、中国側が政府レベルでの戦争賠償請求を放棄すると明確に表明した。これは、『戦後中日関係文献集』に集録された「周恩来総理と日本公明党の竹人義勝委員長が中日国交正常化に関する会談の要点」の一文の中で触れられている。

 日本に感謝していた毛沢東「侵略で共産党が強大に」公開文献で少なくとも6回
1972年、当時の田中角栄首相は訪中して毛沢東と会談(AFPGetty Images)

戦後賠償請求の放棄 日本人の民心を得るため

 

 周恩来は「毛主席は賠償請求を放棄すると話した。4億ドル余りだ。現在ではそれほど大きな金額ではないが、やはり(日本)国民に負担させるのはよくない。共同声明の中に、賠償請求の権利を放棄すると記しても構わない」と話した。

 これに対して感謝した竹人氏に、周は「これは当然のことだ。われわれは(日本側を)困らせることをしない。国交正常化を速く達成するためだ。早くやったほうがよい」と話を続けたという。

 以上の文献から見ると、中国共産党は「日本国民には罪はない」と言いながら、実に裏ではスターリンの指示の下で、共産主義に厳しい目を向ける米国や欧州に対抗するために、人心を収攬して日本国民や経済、政治界を味方にしてから、日本国内の中国共産党に対して異議を唱える人に打撃を与える企みがあった。

一方、1978年8月12日中国と日本が『日中平和友好条約』を締結した後、日本は79年から中国に対して巨額な「政府開発援助」(ODA)を提供し始めた。外務省が平成28年12月2日同公式ウェブサイトで公表した「日本のODAプロジェクトー中国:対中ODA(政府開発援助)概要」によると、1979年から2013年までの対中ODAは、有償資金協力(円借款)を約3兆3165億円、無償資金協力を1572億円、技術協力を1817億円、総額約3兆円以上のODAを実施してきた。

 また、文化大革命が終わり中国共産党政権が市場改革開放政策を打ち出した後、欧米各国の企業より、いち早く中国市場に進出したのは日本企業だ。日本はこの30年間の中国経済発展に大きく貢献したことも事実だ。

 しかし、今まで中国国内において、国民からの政権への不満をそらす目的で常に「日本」を使い、大々的に反日キャンペーンなどを主導してきた。これは中国共産党は日本と真の友好を考えておらず、ただ単に「日本を利用したい」という卑劣な一面を証明している。今一度、日本は中国共産党政権の悪な本質を再認識すべきだ。