トヨタ自動車・豊田章男社長(UPI/アフロ)

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 米国大統領に就任したドナルド・トランプ氏の言動に、自動車メーカーが神経をとがらせている。トランプ氏にメキシコ工場を批判されたトヨタ自動車は、米国デトロイトで開催された北米国際オートショーのプレスブリーフィングで、豊田章男社長が今後5年間で米国に100億ドル(約1兆1600億円)を投資する計画を表明、トランプ新政権に配慮する姿勢を示した。ただ、トランプ氏の「口撃」に早々と従順な姿勢を示したトヨタの対応に、米国ビッグ3以外の自動車メーカーからは冷めた視線が送られている。

「トヨタは米国で13万6000人を雇用している。そして過去60年間、米国に220億ドルを投資してきた。今後、5年間でさらに100億ドルを投資する予定だ」

 トヨタにとって米国での最重要モデルである「カムリ」の新型車発表会で、豊田社長は直前に原稿を差し替えて、米国経済への貢献をアピールした。その後、豊田社長は副大統領に就任するペンス氏とも会談、米国経済の発展に貢献していくことを説明した模様だ。

 トヨタがこうした異例の対応をとっているのは、「米国第一」を掲げるトランプ氏が大統領に就任したためだ。トランプ氏は、大統領選挙期間中からフォード・モーターがメキシコに工場を新設することや、空調機器メーカーのキヤリアが製造拠点をメキシコに移すことを強く批判してきた。大統領就任後は、メキシコから関税ゼロで米国に輸出できるNAFTA(北米自由貿易協定)の見直し表明、メキシコやカナダからの輸入製品に高い関税を課す構えだ。

 メキシコは人件費が低いことから、世界の自動車メーカーが相次いで進出している。現在、メキシコで生産されている自動車の8割が米国に輸出されており、米国市場向けの輸出拠点となっている。メキシコに製造拠点を持つ自動車各社は、トランプ氏が次期大統領に決まっても「NAFTA見直しなどは簡単にできるものではない」と比較的、楽観視していた。

●トヨタのアピール

 事態が大きく動いたのは年が明けた1月3日だ。メキシコ工場の新設をトランプ氏から批判されても「メキシコ生産拠点は米国の生産を移すものではない。メキシコに工場を新設する計画に変更はない」と主張してきたフォードのマーク・フィールズCEO(最高経営責任者)が記者会見で、計画撤回を表明した。

 その後、FCA(フィアット・クライスラー・オートモービル)が米国ミシガン州とオハイオ工場の設備増強に向けて10億ドル(約1175億円)を投資するとともに、2000人を追加雇用することを表明。米国での雇用拡大を求めるトランプ氏に批判される前に先手を打ったと見られる。

 トランプ氏の批判の矛先が次に向けられたのが、トヨタだった。トランプ氏は、トヨタが建設しているメキシコ工場についてツイッターで「冗談じゃない。高い関税を払え」と批判した。トランプ氏がトヨタを批判したのは、豊田社長が1月5日、新春賀詞交歓会などで記者団の質問に対して「(メキシコでの)雇用と地域社会への責任がある」と述べ、メキシコ工場新設を撤回しない方針を示したとのニュースが伝わったためだ。

 ただ、トランプ氏の批判を受けてトヨタの米国法人は「メキシコに工場を建設しても米国での雇用が減るわけではない」と表明、さらに北米国際オートショーで、トップ自らが米国経済への貢献をアピールした。

 トヨタのこうした姿勢に、他の自動車メーカーは複雑だ。

「フォードやFCAは米国が基盤で、トランプ氏を支持するブルーカラーの多くの従業員が働いていることもあって新政権と事を構えたくなかったというのはわかるが、トヨタがツイッター攻撃に屈するのは、世界最大級の自動車メーカーとしていささか問題があるのではないか。業界の盟主として、メキシコ工場撤回の要求をはねのける毅然とした態度を示してほしかった」(日系自動車メーカー幹部)

 同じくメキシコ工場を批判され、トランプ氏から「高い関税を課す」と脅されているゼネラルモーターズ(GM)のバーラCEOは「(メキシコの生産計画に)変更はない」と、批判を一蹴している。

●「必要以上にビビッている」

 トヨタがトランプ氏に屈服したのは、豊田社長が社長就任から間もないころ、米国でのリコール事件での対応をめぐって公聴会に呼ばれて強く批判されたことから、「米国に対して必要以上にビビッている」(業界筋)との声もある。

 また、トヨタが打ち出した5年間で1兆円を超える投資には「カラクリがある」との見方も。トヨタは、クルマづくりの新しい手法「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」を導入しており、今後、米国でもTNGAの考え方を採り入れた生産システムを導入する予定で、投資が膨らむ。さらにトヨタが今後、研究開発費用をもっとも重点的に投資する予定の自動運転やAI(人工知能)に関する研究開発の主軸は、米国に置いている。

「もともとトヨタは、米国に多額の投資を実行する計画だった」(トヨタ関係者)

 実際、トヨタは2016年に米国、カナダ、メキシコにおいての3250億円の設備投資を行っている。5年間に1.1兆円との計画はインパクトがあるようにみえるが、年平均にすれば2500億円で、極端に増やしているわけではない。

 トランプ氏が、メキシコ工場を撤回したフォードや、米国への投資と追加雇用を表明したFCAに対して「ありがとう」と謝意を表明したが、トヨタに対しては何もコメントしていないのは、こうしたカラクリを感じ取っているためかもしれない。メキシコに工場を持つ日産自動車は「NAFTAが変更されることになれば対応する」(カルロス・ゴーン社長)とし、ホンダも「メキシコでの生産を見直す予定はない」(八郷隆弘社長)と、トランプ氏の恫喝に恐れをなして対応したトヨタと一線を画す。

「日産やホンダは、仮にNAFTAが見直しとなって関税が課せられることになったら、メキシコから他の国へ輸出する道を考えるが、その代わりに米国に工場を新設する考えはない」(全国紙記者)

 1月20日に大統領に就任したトランプ氏が実際にどんな通商政策をとるのか、そしてトヨタがどう対応していくのか。自動車業界は固唾を呑んで見守っている。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)