生まれ変わっても私になりたい。徳を積めたら、猫になりたい。#ふたりごと

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私、もともとそんなに自分に期待してないの。というか、いまは、そんなに大それた期待はできない。

まだ大きな期待ができるほど、それに見合ったことはできてないから。

自分のポテンシャルには期待したい

私が独立することを決心させてくれたメンター的な人がね、

スポーツ選手は試合のために必死に練習をするでしょう。久子もそれと同じように、練習(勉強)をしっかりして、本番(仕事)に臨まなくちゃいけないよ。ただ、毎日をこなすだけでは、プロとはいえないんだよ

と話してくれたことがあって。

そんな言葉がいつも胸にあるから、いまの自分ですべて思い通りにうまくいく、なんて期待はしていない。でも、自分のポテンシャルには大きく期待をしたい! というのが本当のところ。

約10年過ごした猫との別れ

去年の夏のこと。約10年、一緒に暮らしてきたロシアンブルーの男の子が、病気で亡くなった。

半年以上も、毎日病院通いしていたから、ほんの少しだけ覚悟はできていたつもり。

でも、やっぱり覚悟と現実はちがう。彼は、オロオロしている私を横目に、なだめるように「時間がきたよ」と言って、いってしまった。

目の前で、儚く消えていく命を前に、なにもできない自分。最期まで、すべてを受け入れて、すごくかっこよかった彼。いまのいままで鮮明だった世界も、すぐに幻に変わった。

命を譲り受ける、という責任の重さ

数か月経ったころ、Instagramで知り合った徳島の方が、ご実家の軒下で生まれた猫の兄妹の里親を探していた。

私は、彼女の食に対する想いや、ていねいに大切に時間を過ごしているところを、とてもリスペクトしてた。もう、動物と一緒に暮らすことはないと思っていたけれど、どうにも気になってしまって。

去年の11月、私は、彼女からふたりを譲り受けて、人生初の里親になった。

受け渡しのとき、そこではじめてリアルに顔を合わせることに。なんだろう、涙をこらえるのに必死だった。命を譲り受ける、という責任の重さ、私に託してくれたことへの感謝、期待、小さいけれど生命にあふれた存在...。説明しきれない想いが込み上げて。

帰りの新幹線では、ふたりを膝に乗せながら、感極まってひとりで涙しちゃった。

しあわせは、結果ではなく、過程で気づくもの

猫って、毎日のなかにしあわせを見付けては、それを味わう天才だと思う。

「好きなことをする」のももちろんだけど、「自分がすることを、好きになる」。これを地でいってる。

敵には敢然と立ち向かうし、自分に限界を決めないチャレンジャーでもある。明日のために今日を犠牲にするなんて、ありえない。

やりたいことは、いま、やる。できなくても、あきらめない。そして、あきらめないことを楽しんでる。

ふたりを見ていると、勇気と義侠心のある芯の強さを感じてしまう。

しあわせは、結果ではなく、目的地にたどり着こうとして、あれこれがんばる、その過程で気がつくことなんだって、彼らを見ると改めて感じる。

徳を積めたら、そのときは猫になりたい

人は、たくさんの徳を積むと、いつか猫に生まれ変われるって聞いたことがある。ぬくぬくと寝てばかりいるように見えるけれど、いまの私には、本当に人の生まれ変わりなんじゃないかって思えるくらい達観した魂を持った生き物にも見える(笑)。

久美ちゃんはもし生まれ変われるなら、何になりたい?

質問返しされないように、先にお答えしておくと、私は、次も私になりたい。もし、徳を積めたら、そのときは猫になりたい。

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