大統領選挙はいつ実施されるのか。韓国の政界やメディアではこの話題で持ち切りだ。

 朴槿恵(パク・クネ=1952年生)大統領(現在は職務停止中)の弾劾訴追案に対する審理が憲法裁判所で続いているが、あたかも「弾劾」を前提としたような動きが目立つ。

 「弾劾審判早まる 憲法裁判所、2月末可能性」

「2月中にも結論」(?)

 2017年1月23日、「毎日経済新聞」は1面でこう報じた。なんと気の早い話か。同紙は「万一」とは振りながらも「大統領の弾劾が決まれば、大統領選挙は"桜の選挙"として4月末に実施なる見通しだ」と報じた。

 ソウルで桜が咲くのは、例年なら4月半ばだ。投票日は桜の開花よりかなり後でも、選挙戦が本格化しているのは桜が舞う時期という意味だ。

 繰り返しになるが、憲法裁判所では大統領の弾劾訴追案を審理中だ。いつのその結論が出るのかはまったく分からない。憲法裁判所も予告などしていない。審理期間は「180日間まで」でまだまだ余裕がある。

 それでも、韓国の政界はメディアでは「憶測」があとを絶たない。

 「3月説」――もっともそれらしく語られているのがこの説だ。憲法裁判所の所長の任期が1月末。もう1人の裁判官の任期も3月半ばだ。この頃に結論が出るという見方だが、これもあくまでも「憶測」に過ぎない。

 もっと分からないのが、罷免なのか、棄却なのかだ。審理が続いているのだから、分かるはずもない。大統領に対する批判はメディアで連日出ているが、大統領側はほとんどすべてを否定している。

 弾劾が棄却となり、大統領が職務復帰する可能性もあるのだ。

 韓国の憲法によると、弾劾の場合、その日から60日以内に大統領選挙を実施する。棄却の場合、すぐに朴槿恵大統領が職務に復帰する。

 どうなるかまったく分からないのだが、「次」を狙う候補は、当然、「最も早い場合」を想定して準備に入る。

 3月半ばに罷免なら選挙は5月半ば。棄却なら当初予定通り12月だが、2月中に罷免になれば4月選挙も可能性としてはあるのだ。候補者が動き出すも無理がない。時間がないのだ。

「旧正月連休」を前に相次ぐ動き

 韓国では1月27日(金曜日)から30日(月曜日)までが「旧正月」の連休になる。

 多くの国民が、故郷に帰りゆっくり過ごす。この場で、社会や政治の話もふんだんに出る。

 万一、4月や5月に大統領選挙があるのだとしたら、候補者にとっては、この連休で「あの人が良い」という話題に上らなければ話にならない。

 だから、先週末以来「出馬声明」を出したり、事実上の選挙活動に入る動きが相次いでいるのだ。

 「職務復帰」を目指す朴槿恵大統領にとっては、なんとも複雑な心境だろう。

 朴槿恵大統領が職務復帰しても、12月には大統領選挙がある。だから、その場合は、実質的な運動期間が長くなるだけで、いま、名乗りを上げている候補の間での選挙戦になることは確実だ。だから国民の関心もなかなかなものだ。

 では誰が有力なのか。

世論調査は・・・

 世論調査会社、リアルメーターが2017年1月3週目に発表した世論調査の順位はこうだ。

文在寅(ムン・ジェイン=1953年生) 前野党大統領候補
潘基文(バン・ギムン=1944年生)  前国連事務総長
李在明(イ・ジェミョン=1964年生) 城南市長
安哲秀(アン・チョルス=1962年生) 国民の党国会議員
安熙正(アン・ヒジョン=1964年生) 忠清南道知事
黄教安(ファン・ギョアン=1957年生) 首相(大統領権限代行)


 各種世論調査では、李明博(イ・ミョンパク=1941年生)、朴槿恵大統領と続いた保守政権に代わって「進歩系政権」を支持したいとの声が高い。

 現政権への失望感から、現時点ではこうした声はが出るのか。

 各種世論調査で、首位を走っているのが、前回の大統領選挙(2012年12月)で朴槿恵氏に敗れた文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)氏だ。

 一度大統領選挙に出た実績と廬武鉉(ノ・ムヒョン)政権で青瓦台(大統領府)秘書室長などを務めた知名度などから、どの調査でもトップに立っている。

 「やっぱり保守政権が長くなっていろいろな問題が出てしまった」

 最近の大統領周辺のスキャンダルを見て、「次は進歩系に」と考える国民が多くなっているようだが、この受け皿になっているのが文在寅氏だ。

 「大統領選挙が早くなればなるほど文在寅氏に有利」。政界ではこんな声が多い。

 何はともあれ、文在寅氏は、一度大統領選挙に出馬しているから一定の「検証作業」を経ている。

 スキャンダルが噴出している朴槿恵氏に負けたという同情票もある程度期待できるからだ。

保守陣営の切り札だが・・・

 押しまくられている保守陣営の切り札が、1月に帰国したばかりの潘基文氏だ。

 韓国では「世界の大統領」として抜群の知名度だ。10年間、海外にいたため、この間の政争とは無縁だ。

 米国、中国、日本、さらに北朝鮮との関係を改善させることが何よりも次期政権にとっては最重要課題だ。

 潘基文氏は、ソウル大外交学科卒後、外交官一筋に進んだ。外交部米州局長、金泳三(キム・ヨンサム)政権での青瓦台外交安保首席秘書官、外交部次官、廬武鉉政権での青瓦台外交補佐官、外交部長官(外相)など歴任、どの政権でもエリート街道を進んだ。

 「外交のプロ」が売り物だ。

 10年間、保守系の政権が続いたことで、進歩系には、大統領選挙に名乗りを上げている人物が多い。

3位の市長は異例の経歴

 世論調査で3位に躍り出たのが、李在明市長だ。ソウル郊外の城南(ソンナム)市長という地味な肩書きだが、2016年後半、朴槿恵政権への激しい批判で一躍全国区になった。

 李在明市長の経歴は、かなりユニークだ。

 小学校卒後、家庭の事情で工場などで勤務した。中学も高校にも通わず、検定を経て中央大学(ソウル)法学部に進んで弁護士になった。

 民主化運動、労働運動などにかかわり、頭角を現した。2010年に市長に当選すると「予想外」の行政手腕を発揮する。

 市の財政を立て直したばかりではなく、庶民受けする政策も打ち出した。

 1つは、中学の制服無償化だ。

 「私は中学に行ってみんなと同じ制服を着たかった」が、この時の説明だ。

 2016年後半、野党や市民団体が、大統領のスキャンダル発覚を受けて、「大統領の早期辞任」など対応策で揺れる中で、一貫して「弾劾」を主張して名前を挙げた。

 2017年1月23日、大統領選への出馬表明をした。出陣式に選んだのは、城南市にある自分が10代の時に働いた時計工場。

 「韓国を変えるためには既得権層と戦わなければならない。既得権の核心は財閥で、その中心はサムスンだ。そのサムスンと戦って勝利できるのは私だ」

 こう宣言した。なんとも過激な発言だ。

2人の「安氏」

 穏健派が、「2人の安氏」か。

 安哲秀氏は、ソウル大医学部出身。研究医をしながらコンピューターウイルス対策ソフトを開発してこれを事業化した。

 「成功したベンチャー企業経営者」として有名になったが、突然政界に転じた。

 国民の支持度が高かったが、ソウル市長選挙、大統領選挙で、いずれも「候補一本化」という名分のもとに立候補を辞退したことがある。前回の大統領選挙で譲歩した文在寅氏と一線を画し、野党を割って新党設立を主導した。

 安熙正知事は、文在寅氏と同じく「盧武鉉側近」出身だ。

 高麗(コリョ)大哲学科を出て民主化運動に参加し、盧武鉉氏が国会議員に当選すると補佐官などを務めた。2010年に忠清南道知事に当選し、再選を果たしている。

 以前は過激なイメージがあったが、知事当選後は、発言も穏やかになり、「実務派」として実績を積みつつある。

 さて、では、選挙戦はどう進むのか。

 このまま無風で進めば、文在寅氏と潘基文氏の対決だが、すんなりそうなるとの見方が多いわけではない。

すんなりとはいかない?

 2人とも弱点があるのだ。

 文在寅氏については、盧武鉉政権時代のイメージが強すぎる。特に、この政権時代に疎外されたとの意識が強い全羅道地域で強い支持を得られていない。

 進歩系候補が勝利するには、全羅道での圧倒的な得票が必要でこの点が弱点だ。

 安哲秀氏が所属する「国民の党」は全羅道で強い支持基盤を持っている。この支持層を取り込めるかがカギだ。

 潘基文氏については、外交官としては実績があるが政治家、国家指導者としての資質に疑問符が付きまとう。

 1月半ばに帰国して全国行脚をしているが、この間に国民の間でブームは起きなかった。逆に、実弟のスキャンダルも出て支持率を下げている。

 安哲秀氏周辺では、「第3極」という言葉が盛んに出てくる。文在寅氏でもなければ、既存の保守でもない中道勢力を結集しようという意味だ。

 潘基文氏と安哲秀氏、さらに中道系の有力者を引き込み、これらの複数候補で「候補者1本化」のイベントを開いて国民の支持を盛り上げて大統領選挙に打って出ようという構想だ。

 「政治工学」。韓国ではメディアでしきりにこんな言葉が飛び交う。どの地域、どの世代、保守か進歩か・・・さまざまな支持層を足したり引いたりすることを指すようだ。

 この計算式によると、保守も進歩も、絶対的な候補はいない。だから離合集散で中道層を取り込む必要があるとの考えだ。

 国会議員数が少ない「国民の党」は、与党セヌリ党の離脱組、潘基文氏まで取り込んで勢力を広げて文在寅氏に対抗しようという狙いだ。

 だが、安熙正知事などからは「野合」との強い批判を浴びている。

まだ間に合う・・・虎視眈々と機会をうかがう

 「支持率首位を続けた候補が必ずしも当然できるわけではない」

 いまのところ上位に入っていないが、「いずれにせよ短期決戦になる可能性があり、旧正月連休からすべてが始まる」と見て、メディアへの露出などを急速に高めている候補者も多い。

朴元惇(パク・ウォンスン=1956年生) ソウル市長
南景弼(ナム・ギョンピル=1965年生) 京畿道知事

 など保守、進歩系の有力首長も相次いで名乗りを上げている。

 韓国ではそもそも、急速に進む高齢化もあって、もともとの「基礎票」は保守が多いといわれる。

 相次ぐ大統領周辺のスキャンダルで、世論調査を見ると、「次は進歩」との回答も多いが、実際に大統領選挙となればどうなるのか。

 保守陣営では、潘基文氏以外にまだ有力候補はいない。南景弼知事など首長を高く評価する向きもあるが、まだ力強さに欠ける。

 「今は何も考えていない」

 1月23日、年初会見で大統領選挙への意欲を記者から繰り返し聞かれた黄教安首相は「今は・・・」を繰り返し、逆に意欲があるのでは、との観測を呼んだ。

 検事出身で法相から首相になり、大統領権限代行を務める黄教安氏を押す声もないわけではない。

 「いったいこの時期にどうして本を出したのか」

 2016年12月、大手メディアグループを率いる洪錫荽(ホン・ソクヒョン=1949年生)氏(中央日報会長)のエッセイ集が出た。政治的な内容ではないが、自分の生い立ちについても語っている。

 洪錫荽氏は、そもそも、国連事務総長を目指して活動していた。その座についた潘基文氏が「大統領候補」として飛び回る姿に何か思うところがあったのか。

 周辺は「大統領選挙とは無関係だ」と言うが、本人の真意はどこにあるのか。

 大統領は、職務復帰になるのか。あるいは罷免になるのか。最も重要な前提はともかく、「次」を狙う候補者は、一斉に走り出した。

 1月27日からの旧正月連休が、事実上の選挙戦のスタートだとでも言うような勢いだ。

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筆者:玉置 直司