米国大統領の執務室に英国の名宰相ウィンストン・チャーチルの胸像が8年ぶりに帰ってきた。

 バラク・オバマ前大統領が就任直後に撤去していた胸像を、ドナルド・トランプ新大統領が就任初日に戻したのだ。この胸像の扱い方ひとつにも新旧大統領の世界観や外交観の断層を見て取ることができる。

 1月20日、就任式を終えたトランプ大統領は、ホワイトハウス入りした直後に執務室にチャーチル像を飾った。場所は執務デスクのすぐ右手の小さな卓の上である。まさに、いつも大統領の目の前にあるというわけだ。

ブレア首相がブッシュ大統領に寄贈

 ウィンストン・チャーチルといえば、第2次世界大戦中にドイツの攻撃で破れそうになった英国を率いて戦勝へと進んだ救国のヒーローである。戦後の世界でも米国のルーズベルト、ソ連のスターリンと並んで国際的な新秩序の形成を指導した。

 チャーチル氏は母親が米国人だったこともあり、米国との絆は特に密接だった。戦後も米英連携の基盤構築を主導したのはチャーチル氏だった。

 チャーチル氏の胸像は、米国生まれで後に英国人となった彫刻家ジェイコブ・エプスタイン氏によって制作され、2001年に米国第43代大統領となったジョージ・ブッシュ氏に英国のトニー・ブレア首相(当時)から贈られた。

 この寄贈は、両国の歴代政権が米英を「特殊な関係」として位置づけてきたことの再確認であり、対テロ戦争で緊密に協力したブッシュ、ブレア両首脳の親密さの産物でもあった。ブッシュ大統領は早速このチャーチル像を自分の執務室に飾った。

オバマ氏は「大英帝国」を嫌悪?

 だが、それから約8年後の2009年1月、オバマ氏がホワイトハウス入りすると、この像をすぐに大統領執務室から移してしまった。その代わり、米国の黒人運動の指導者マーティン・ルーサー・キング師の像を飾ったのである。

 オバマ氏のこの行動は、米英の長年の「特殊な関係」を否定する動きだと米国の保守派や英国側から批判された。

 オバマ氏がチャーチルの胸像を撤去した理由は、祖父がかつて英国の植民地だったケニアの独立運動に加わり、英国当局と戦った歴史があるからだとみられている。2016年4月にはロンドン市長のボリス・ジョンソン氏が英国の有力紙に「オバマ氏が執務室からチャーチル像を撤去したのは、ケニア人の血が流れるオバマ氏が大英帝国を嫌悪しているからだろう。チャーチル首相はその大英帝国を守ったのだから」と書き、オバマ氏を批判した。

 このときはオバマ氏は「私はチャーチル氏を尊敬している。胸像はホワイトハウス内の自分の居住スペースに置いてある」と弁解した。だが、実際の外交ではオバマ政権と英国の関係は冷却し、米国と英国の距離は遠くなった。

英国との関係再修復を唱えていたトランプ氏

 一方、トランプ氏は選挙キャンペーン中から英国との関係の再修復を唱え、英国のEU離脱にも祝辞を送った。米英の「特殊な関係」の復活を求め、もし自分が大統領になれば執務室にチャーチル像を戻すという意向もほのめかしていた。

 そして、実際にチャーチル像を執務室に再び設置し、英国との関係を最重視する姿勢を改めてアピールしたのである。

 トランプ氏は、大統領としての最初の公式会談の相手として英国のテリーザ・メイ首相を選び、1月27日にワシントンで首脳会談を開く。オバマ氏とは外交スタンスが大きく異なることが、ここでも明確になったと言えるだろう。

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筆者:古森 義久