ワシントン記念塔がそびえるワシントンD.C.の街並み


 トランプ大統領は就任演説で、「政治の権限を首都ワシントンから米国民に返す」と宣言した。

 日本では、反対勢力を無意味に挑発し、米国社会を分散するものとしてこの演説を批判する向きがある。だが、統計データを見れば、ワシントンが「税金に群がる貴族の街」と化しているのは事実である。トランプ大統領とその支持層は、王朝化したエスタブリッシュメントを打倒する叛乱勢力ということができる。

 ワシントンの状況を詳しく見てみよう。

特権階級の貴族たちの街と化したワシントンD.C.

 2013年11月の「ワシントン・ポスト」は最新の国勢調査をもとに、驚くべき事実を報じている。全米の上位5%の高所得かつ高学歴の人間たちの住む地域が首都ワシントンD.C.に集中しているというのである。こうした都市は、ワシントンD.C.以外でも、ニューヨーク、サンフランシスコ、ボストンがあるが、その規模・集中性ではワシントンが抜きんでている。

 実際、ワシントンのある地域の平均年収は10万2000ドル(1170万円)、6割が大卒以上である。具体的な職業を挙げると、政治家、公務員、医者、弁護士、シンクタンク研究者、ロビイスト、その他、政府関係の仕事で稼いでいる人間、そして、これらの人間のためのサービス業だ。

 彼らは収入だけでなく、知的レベルでも他の地域の人間と断絶を感じているようだ。国防総省で働くある核物理学者の一家は、ワシントンを出ると、外交政策や核テロ対策について話す人がほとんどおらず、「毎日、自分が見たことだけを話している」人たちばかりだと感じるという。

 この調査は中間層の減少も示唆している。1970年代は65%の家族が中所得地域に住んでいたが、40年後には42%に減少している。他方、豊かな地域に住む家族の割合は7%から15%と2倍に膨らみ、貧困地域に住む家族も8%から18%に増えた。

なぜワシントンが貴族の街になったのか

 かつてワシントンには、測量士、インテリアデザイナー、教師、エンジニア、整備士、理髪師、保険代理店、バスの運転手など広がりをもった職種の人たちが住んでいた。だが、2000年頃よりワシントン一極集中の現象が急速に進んだ。その結果、ワシントンD.C.で高学歴高収入人口が10万人以上も増え、特定の職業の住人ばかりになってしまった。

 なぜ、このようなことになってしまったのだろうか。

 この点に関し、安井明彦氏(みずほ総合研究所政策調査部長)は、ブッシュ政権の対テロ戦争、続くオバマ政権の金融政策と医療制度改革による政府組織と予算の拡充が、ワシントンを一気に全米一の「上流階級」の街にしたと指摘している(「米国で問われる政府のマネジメント―『決められない政治』の先にあるもの―」、みずほ総合研究所『今月の視点』2013年12月1日)。

 トランプ大統領の支持基盤である米共和党保守派はこうした状況について、「ワシントンD.C.が、税金を無駄遣いして私利私欲を貪る官僚と、彼らと結託して不当な利益を手にするマスメディア・有識者・ロビイスト・業者の巣窟」になっていると批判する。トランプ支持者たる保守層の多くは、ワシントンD.C.には増税の挙句の恣意的な配分とその結果による不当な富の蓄積がなされていると怒っているのだ。

 一方、ワシントンD.C.側のマスメディアや有識者は既得権益を守るべく、トランプの支持者たちを「レイシスト」「プアホワイト」と批判し、トランプ政権誕生をやっきになって回避しようとしたというわけだ。

シンクタンクとロビイストを“撃退”

 では、トランプ新大統領はワシントンの利権構造をどのように破壊していくのであろうか。

 既に明らかになっているのは、第1にシンクタンクの政権からの排除である。

 トランプ大統領の最側近であるバノンおよびクシュナー上級顧問は、「シンクタンクは(腐敗した)ワシントン文化の極み」と見なしている。これを証明するかのように、トランプ政権では、研究者や学者の入閣や政権移行チームへの参画がほとんどない。閣僚クラスでは、ピーター・ナバロ国家通商会議議長ぐらいだし、ヘリテージ財団だけが前所長を筆頭に政権移行チームに多数送り込んでいるが、他の共和党系シンクタンクはほとんど参画していない。そのヘリテージ財団とて、現状ではほとんど政権内には入っていない。

 第2は、ロビイストの排除である。

 2016年11月、ペンス副大統領は、政権移行チームからすべてのロビイストを排除することを命じており、実際に何人も脱落している。また、トランプ大統領は退任5年間は、閣僚のロビー活動を禁じた他、ロビイストの活動を規制すると繰り返し指摘している。

 おそらく、この種の施策が「ワシントンの税金に群がる利権」を破壊すべく次々行われていくことは間違いない。

鎌倉幕府はなぜ滅びたのか

 こうした現象は日本の歴史においてもみられた。筆者は、トランプ大統領は後醍醐天皇であると位置づけたい。

 歴史学者の細川重男氏は、その著書『鎌倉幕府の滅亡』(吉川弘文館、2011年)において、モンゴルや朝廷をも撃破した無敵の鎌倉幕府が滅亡した理由を次のように説明している。

 鎌倉幕府支配層たる北条氏やその家臣で構成される幕府官僚の「貴族化」が進む一方で、御家人たちがこれらの「貴族」に軍事的・経済的に搾取され、困窮していった。そうした中央のエスタブリッシュメントの増長を、「異形」の後醍醐天皇を中核とする、悪党等の地方の草の根勢力および幕府の意思決定から排除された御家人達が倒した、というわけだ。

 これはまさしくトランプ政権誕生の構図と同一ではなかろうか。

 トランプ政権が「建武の新政」のようにあっけなく崩壊するかどうか、それは分からない。確かに不安要素はいくつも抱えており、その可能性もあるだろう。

 最近の研究では、建武政権崩壊の理由を「後醍醐天皇は『異形』として振舞うことで、カリスマ性を獲得しようとしたものの、結局、それは政権を維持できるほどのものでもなかったし、また恩賞給付の遅れが武士たちを離反させた」(『南朝研究の最前線』呉座勇一編、洋泉社、2016年)としているが、これはある意味、トランプ政権に対して示唆的ではなかろうか。

 ただ、米国民の間に、ブッシュ、オバマ政権下で肥大化した、税収入を基盤とする既得権益化したワシントンへの怒り(=「不公正」への怒り)が渦巻いていることは確かである。それを叩き潰そうとしているトランプ大統領は、まさに現代の後醍醐天皇と呼べるのではないだろうか。

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筆者:部谷 直亮