渋谷駅の山手線ホームにある『カレーメシ』専門店「DRIP CURRYMESHI TOKYO」の店内(写真:筆者撮影)

山手線の渋谷駅を利用している、あるいは山手線で渋谷駅を通過している人であれば、山手線内回りホームに、日清食品の「カレーメシ」専門店「DRIP CURRYMESHI TOKYO(ドリップ カレーメシ トウキョウ)」がオープンしているのをご存知だろう。

渋谷駅の山手線ホームは以前「日清どん兵衛」、さらには「日清ラ王」を扱う専門店があったところ。今回のカレーメシはいわば日清食品の専門店3代目というところだが、そのような立地で、あえてインスタント食品を提供する意義、狙いは何なのか?日清食品ホールディングス宣伝部・佐野正作さん、同・東鶴千代さん、日清食品マーケティング部・和田智佳さんにお話を伺った。


「ドリップ」で新生カレーメシをPR

山手線渋谷駅内回りホームにカレーメシ専門店「DRIP CURRYMESHI TOKYO(ドリップ カレーメシ トウキョウ)」がオープンしたのは、2016年11月2日のこと。これまでにもホーム上のショップで自社の即席麺を販売して利用客を驚かせた日清食品だが、今回は取り扱い品目がカレーメシとなった。

カレーメシは「ルゥでもレトルトでもない第3のカレー」を謳う日清のインスタント食品。手軽にカレーライスを食べられる商品として人気を集めているが、従来は電子レンジでの調理だったものが昨年夏にリニューアルされ、お湯を注ぐだけで食べられるスタイルに進化した。これをアピールすることが、この店の大きな狙いだ。

同店のユニークな点は、カレーメシにただお湯を注いで提供するのではなく、ドリッパーを使用してかつお節や唐辛子、ガーリック、さらにはコーヒーなどのフレーバーを加えたお湯をカレーメシの調理に使用していることだ。


手間をかけてドリッパーを使う理由は


ドリッパーを使うという手の込んだ調理方法を採用した理由について、和田さんはこう語る。



「DRIP CURRYMESHI TOKYO」ではフレーバーのついたドリップしたお湯でカレーメシを提供している。まるでコーヒーを入れているようだ(写真:筆者撮影)

「ルゥでも、レトルトでもない『第3のカレー』として誕生したカレーメシが、これまでのレンジ調理から湯かけ調理へとリニューアルしたことを、今まで誰も手がけていなかったような方法でアピールしていきたい。お湯を使った調理方法で何が出来るのだろう。ドリッパーでフレーバーを付けたお湯でカレーメシを調理したら面白いのではないか?というコンセプトが社内でまとめられたのが出発点となりました」


相性のいい味を求めて試行錯誤

このような発想から生まれた「ドリッパーを使う」というアイデア。現在、店舗ではビーフ・シーフード・スパイシーチキンのカレーメシと、計7種のフレーバーが用意されているが、どのようなフレーバーがカレーメシに適しているのか、最初は手探りだった。

「肝心の味作りについては、開発チーム全員で40品目以上の食材を試食しました。当然試行錯誤がありまして、この食材を使えば美味しくなるだろうなと思えたものがカレーメシとの相性が悪かったというものがたくさんあります。例えば白湯(パイタン)スープがそれで、このスープはご存知のようにコクがあるのですが、カレーメシと合わせると、塩辛くなり過ぎてしまいました。検討を続けてゆくうちに、そもそもスープとして味が完結しているものはむしろカレーメシ向きではなく、香り付け、フレーバー系のものが合うことに気づいたのです」(和田さん)

単体では美味しいスープなども、カレーとの相性がいいとは限らないのだ。さらに、大きなポイントである「ドリッパーを使用する」点にも、思わぬハードルがあった。

「誰もがこれを使えば美味しくなるだろうと考えたのがミルクです。まろやかなミルクカレーは美味しそうだ、と。ところが粉末ミルクをドリッパーに通そうとすると、フィルターの目が詰まってしまうのです。これでは使えない。同様にジャムのようなものも駄目。意外なところではチョコレートも駄目でした。フィルターを通したお湯は、チョコレートの甘みも香りもない、無味無臭に近いものだったのですね」(和田さん)


トッピングは認めない!ドリップへのこだわり


単純にチョコレートひとかけをトッピングにして、最後にお湯をかけてこれを溶かすのであれば、確かに美味しいのだという。しかしそれでは、ドリップ方式の楽しさをアピールすることにはならない。

結果的に、トッピングの利用は見送られた。「あくまでもドリップ方式で、オープンカウンター式のキッチンでお客様の目の前で調理をして、新しく生まれ変わったカレーメシの美味しさや楽しさをお客様に体感して頂くことが、ショップをオープンした目的でもあるので、この一点は安易に妥協せず、最後までこだわった部分です」と和田さんはドリップへのこだわりを強調する。

抹茶、昆布茶、梅昆布茶…、試食してみたら期待にそぐわなかったという食材は、数多くあった。甘み、辛み、苦み……、旨味マトリックスを製作して、そもそもカレーの美味しさがどこにあるのかが突き詰められていったが、カレーという料理そのものに決まった一つの到達点があるというわけではない。そこで、ホテルなどで提供される欧風のテイストが、一つの指針となっていった。


意外な食材が美味しさを引き出す

ドリップする食材は7種を用意。これはシーフード味のカレーメシに良く合うというかつお節(写真:筆者撮影)

「駄目もと」で試してみて、思わぬ結果を出してくれたのがジャスミン茶。これは早速メニューに加えられた。

「レモングラス、ミント、ローズマリー、このあたりのミント系も順番に試していって、この時はパクチー(コリアンダー)も試しました。ジャスミンが成功したのは、香りのついたお湯が、カレーだけでなくお米の中にまで染みわたって、お米の味をさらに引き立てたからなのですね。開発スタッフ一同、『これが美味しくなるとは思わなかった』と。そこは意見が一致しました(笑)。現在、渋谷の店頭には3種類のカレーメシを用意し、ドリップする食材も7種類用意してあります。当然、相性の良いものだけを厳選して提供しています」(和田さん)

このようにして決められていったフレーバーだが、中でも調整が難しかったのはコーヒーだ。香り付けにコーヒーを採用することはすぐに決定したものの、どの豆を使ったコーヒーを使用するかを決定するまでには、時間を要したという。バランスによっては「意外な味」に仕上がってしまうのだ。

「現在、ショップでお出ししているもので、酸味、苦み、コクが絶妙なバランスになっているのがコーヒーです。この3つのバランスが崩れると、コーヒーをドリップして出来上がったカレーメシの味が落ちてしまいます。その理由がどこにあるのかは、私ども自身もよく解っていないのですが、途端に味が変わって、納豆のような味になってしまうのです(笑)」(東さん)


ほかでは楽しめない新たな味


開発スタッフ一同の失敗の数がいかなるものであったかが窺えるが、飲んだだけでは同じようにしか感じられない2種類のコーヒーでも、フィルターを通して出来上がったカレーメシは、まったく違うものになるのだという。

「もちろん、自宅でドリッパーを使いコーヒーで『カレーメシ』を作ることも可能なのですが、コーヒーはあくまで香り付け程度に考えて下さい。飲むコーヒーをイメージして作ってしまうと、味のバランスが崩れてしまいます」と和田さんはいう。

一見「ジャスミン茶やコーヒーでカレーメシ?」と驚いてしまう同店のメニューだが、食べてみると意外ともいえる新たな美味しさを楽しむことができる。手軽に食べられるインスタント食品だが、自宅では簡単に再現できない味。それがこのショップの魅力ともいえるだろう。


なぜ渋谷駅ホームに出店するのか

どん兵衛、ラ王の店に続き、渋谷駅山手線ホームの名物となったDRIP CURRYMESHI TOKYOだが、それほど床面積の大きな店ではない。カレーメシも1品290円で提供しており、売り上げには限度もありそうだ。それでも日清食品が、渋谷駅ホームでショップの営業を行う理由とは何なのだろうか。

佐野さんは「渋谷駅のホームでは、以前、日清のどん兵衛、あるいは日清ラ王のアンテナショップを展開していたわけですが、私どもがあの場所に出店しているのは、ショップの存在意義の一つが交通広告であるという考えからです」と語る。



渋谷駅の山手線のホームにある「DRIP CURRYMESHI TOKYO」。小さな店舗だが目立つ(写真:筆者撮影)

「渋谷駅の山手線ホームにショップがあるということ自体に価値がある。ショップで私どもの商品を味わって頂けるし、少し手を加えるだけでお店に負けないくらい美味しくなるということをお客様に知って頂ける。さらに、新商品が発売されたのなら、ショップの外壁をそれに合わせて作り替え、新商品のことを知って頂く。ホームにショップがあれば、お店を訪れてくださるお客様だけでなく、そこを通過する電車に乗っている方の目にもとまります。そういう点で、渋谷の山手線ホームというのは、素晴らしいロケーションだと言えます」(佐野さん)


利益より商品の新たな価値提供を


また、東さんは「同じ場所でラ王のショップを展開していましたが、あの時はトッピングにぶ厚いチャーシューを用意しましたし、今回のカレーメシでも、さまざまなこだわりの食材を揃えています。私どもはショップの売上や利益を追求するのではなく、あくまで商品の新たな価値提供をする場所として運営をしています」と語る。

つまり、店舗単体での利益などではなく、山手線の渋谷駅ホームという毎日大勢の人々が目にする場所に店を構えているという点が重要なのだ。このため、東さんは「お陰様でカレーメシのショップは好評を頂き、行列の出来る店になりましたが、それでは一般的な飲食店チェーンのように、次は山手線の別の駅に出店するのかというと、それは考えにくいですね」という。


誰も手がけていないことにチャレンジを

今回お話を伺った東さん(左)、佐野さん(中央)、和田さん(右)(写真:筆者撮影)

商品の新たな価値をPRするというだけに、サービス精神も旺盛だ。佐野さんは「ラ王ショップでつけ麺をお出しした時は、価格は変えずに2玉の大盛り、3玉の特盛りというメニューも用意しました。当然、大盛り、特盛りは利益率が下がるわけですが、それでも構わないのです。つけ麺ならではのこういった楽しみ方もあるんだということを、お客様に体感して欲しいのです」と、ラ王ショップの際の工夫について語る。

そして「カレーメシについても、そういう風にお客様に楽しんで頂く機会を提供する、そして広告効果も高いということをトータルに勘案して出店しました」(佐野さん)という。ドリッパーを使うという一手間かけた食べ方を楽しめるショップの存在は、日ごろ直接ユーザーに食べ方を提案する機会の少ないインスタント食品の新たな味わいを知ってもらうための、一種のコミュニケーションのスペースともいえるだろう。

渋谷駅の新たな名物として人気を集めているDRIP CURRYMESHI TOKYO。手短に利益を上げることにとらわれず、まだ誰も手がけていないことにチャレンジすることがビジネスなのだと、お三方は異口同音に語ってくれた。それは誰からの指示で進めたことではない。きっとそれが社風なのだ、とも。そのようなマインドがあったからこそ、渋谷駅山手線ホームという場所に、一風変わった楽しいショップが生まれたのだろう。


著者
池口 英司 :鉄道ライター、カメラマン

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